アジア人初の五輪3連覇を達成、「平成の三四郎」と呼ばれた野村忠宏さんの五輪名場面を振り返る

弱かった少年時代、中学時代は女子にも負けていた
アテネ五輪で日本人初・アジア人初の五輪3連覇を成し遂げた
アテネ五輪で日本人初・アジア人初の五輪3連覇を成し遂げたアテネ五輪で日本人初・アジア人初の五輪3連覇を成し遂げた

男子柔道60kg級でオリンピック3連覇を果たした野村忠宏。地元・奈良で80年近く前から道場を開く柔道家一族に生まれた野村さんは、小柄な身体から放つ、多彩な技を武器とするだけでなく、天才的なディフェンス能力を持ち、「小さな巨人」「平成の三四郎」と呼ばれた。

3歳で柔道を始めるも、地元の天理中学校での最初の試合では女子に負けてしまうほど身体が小さかった。天理高校時代から徐々に実力をつけ始め、天理大学時代に全日本選抜柔道体重別選手権で優勝。アトランタ五輪の日本代表に選出され、1つ目の金メダルを獲得した。

柔道:シドニー2000男子60kg級決勝

柔道:シドニー2000男子60kg級決勝

ミュンヘン五輪柔道70kg級の金メダリストの叔父・野村豊和に続く金メダリストとなった野村さんは、1997年の世界柔道選手権を制し、翌年の全日本選抜柔道体重別選手権を3連覇を達成。負傷で1年近く療養後、ミキハウスに入社後の2000年4月、全日本選抜柔道体重別選手権で2年ぶり4度目の優勝を決め、シドニー五輪代表の座をつかんだ。

王者として4年間プレッシャーにさいなまれながらも、シドニーの舞台に立ったときは自信が溢れてきたと後述しているとおり、決勝まで圧倒的な勝利を重ね、チョン・ブギョンとの決勝は隅落の1本勝ち。貫禄の内容で2度目の金メダルを獲得した。

柔道:アテネ2004男子60kg級決勝

柔道:アテネ2004男子60kg級決勝

五輪2連覇を成し遂げたことで引退も考えた一方、選手としての情熱もくすぶる中、心機一転、アメリカに留学している。2年間のリフレッシュ期間を経て、アテネ五輪へ動き出すものの、当初はなかなか調子が戻らなかった。しかし、五輪直前の全日本選抜柔道体重別選手権で優勝し、無事代表入り。

「負けても良い」というリラックス状態で試合に臨めるようになったことで、心技体を手に入れると、決勝のネストル・ヘルギアニを優勢で下し、見事、日本人初の五輪3連覇を果たした。

アテネ五輪後、北京五輪を目指すも合宿中の大怪我により断念し、続くロンドン五輪も代表入りならず。2015年に現役引退した。

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