【アスリートの原点】クリスティアーノ・ロナウド:12歳で名門の下部組織へ。しかし、毎日のように母親に電話で泣き言をこぼす

練習試合での活躍をきっかけに英国移籍を経験

現代サッカー界において、リオネル・メッシと並んで最高のプレーヤーと称されるのがポルトガルのクリスティアーノ・ロナウドだ。1985年2月5日生まれで、2004年にはアテネ五輪にも出場。2015年、ポルトガルサッカー連盟設立100周年で「ポルトガル史上最高の選手」に選出された万能のアタッカーの原点を紹介する。

少年時代のロナウドは貧しい家庭で育ったが、群を抜くサッカーの能力でサクセスストーリーを紡いでいった
少年時代のロナウドは貧しい家庭で育ったが、群を抜くサッカーの能力でサクセスストーリーを紡いでいった少年時代のロナウドは貧しい家庭で育ったが、群を抜くサッカーの能力でサクセスストーリーを紡いでいった

「マデイラなまり」をからかわれた少年時代

小さなころから大の負けず嫌い。同年齢のチームメートより20センチほど身長が高かった9歳の時には、強い相手と対戦する日は姿を現さないこともあったという。負ける屈辱を味わいたくなかったからだ。

持ち前の負けん気で日が暮れまでボールとたわむれ続けたロナウド少年は、アンドリーニャからCDナシオナルへ、CDナシオナルから名門スポルティング・リスボンの下部組織へと移籍を重ねた。相手を手玉に取るドリブル、的確かつ素早い判断力に加え、ボールを激しく奪い返す勝ち気な性格は、誰の目から見ても前途有望な才能だった。

スポルティング・リスボンでプレーするため、生まれ育ったマデイラ島からポルトガルの首都へ渡ったのは12歳の時だ。親元を離れてクラブの寮暮らしを始めると、唇を嚙むような日々が続いた。首都生まれの都会っ子たちから、「マデイラなまり」をからかわれた。田舎くさく、垢抜けない感じを冷やかされたロナウド少年は泣きはらし、毎日のように母親に電話をかけた。ホームシックにも苦しんだのかもしれない。「もう帰りたいよ……」と弱音をはき続けた。

ただし、のちにロナウドは「母は僕がその問題を乗り越えるってわかっていたみたいだね」と振り返っている。

2018年に始まったUEFAネーションズリーグではキャプテンとしてチームを優勝に導いた。自身はベストイレブンに選ばれている
2018年に始まったUEFAネーションズリーグではキャプテンとしてチームを優勝に導いた。自身はベストイレブンに選ばれている2018年に始まったUEFAネーションズリーグではキャプテンとしてチームを優勝に導いた。自身はベストイレブンに選ばれている

練習試合で活躍し、マンチェスター・ユナイテッドへ

母親が見抜いたとおり、息子は大急ぎで成功の階段を上り始めた。16歳の時、わずか1シーズンの間にスポルティング・リスボンのU−17、U-18、Bチームへと駆け上がり、ついにトップチームに昇格する。2001年8月、プロ契約を結んだ。

2003年にフランスで行われたトゥーロン国際大会ではU-20ポルトガル代表を優勝に導き、一気に注目を集めた。バルセロナやチェルシー、ユベントスやインテルといった世界的名門がポルトガルのエースに大きな関心を示した。

ただ、若き逸材を射止めたのはそれらのどのクラブでもなかった。

運命を大きく変えたのは2003年8月6日。リスボンで英国の強豪マンチェスター・ユナイテッドとの練習試合が行われた。

相手チームの選手が獲得を希望するほどのプレーを見せて2003年にマンチェスター・Uに加入。2009年に退団するまで3度のプレミアリーグ制覇に貢献した
相手チームの選手が獲得を希望するほどのプレーを見せて2003年にマンチェスター・Uに加入。2009年に退団するまで3度のプレミアリーグ制覇に貢献した相手チームの選手が獲得を希望するほどのプレーを見せて2003年にマンチェスター・Uに加入。2009年に退団するまで3度のプレミアリーグ制覇に貢献した

18歳のロナウドは物怖じせず圧巻のプレーを披露。マンチェスター・Uの選手たちはハーフタイムのロッカールームで「あいつはすごい選手だ!」と口々に言い合い、アレックス・ファーガソン監督に監督を進言する。指揮官は帰国の際の飛行機のなかで獲得を決意し、1週間後にロナウドとマンチェスター・Uは契約を交わした。

加入1年目からクラブのエースナンバー「7」を背負ったロナウドは、小さなころから抱いていた強い反骨心と大きな野心で、さらに成長の加速度を上げていく。2009年にスペインのレアル・マドリードへ、2018年にはイタリアのユベントスへ移籍。5回のチャンピオンズリーグ制覇と、シーズン最高の選手に贈られるバロンドールを5度も獲得している。

2019年2月5日に34歳となった。かつて電話で母親に泣き言を漏らしていた少年は今、円熟期を迎え、現代サッカー界のトップランナーとしてさらなる栄光を求め続けている。

2004年アテネオリンピック、ロナウドのミスとゴール

2004年アテネオリンピック、ロナウドのミスとゴール

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