【アスリートの原点】ネイサン・チェン:「羽生結弦の最大のライバル」は新しいスケート靴を買えず、奨学金に助けられた過去も

幼少期から万能性に長け、現在は名門イェール大学で統計学を学ぶ

2020年2月の四大陸フィギュアスケート選手権に出場していれば、間違いなく上位争いを繰り広げていただろう。世界選手権2連覇、グランプリファイナル3連覇、四大陸選手権優勝、全米選手権4連覇、そしてフィギアスケート史上初となる5種類の4回転ジャンプ成功。華麗すぎるほどの経歴を誇り、羽生結弦とともに現在の男子フィギュア界の双璧として君臨するのがネイサン・チェンだ。幼いころからすべてを完璧にこなしてきた驚異の才能、そして地道な努力が現在の成功を支えている。

19歳の時に世界ジュニア選手権に出場。200メートルを20秒67で駆け抜け、金メダルを獲得した幼少期にはクラシックバレエ、体操、ピアノ、アイスホッケーも経験。幅広いチャレンジが現在の演技のエレメントになっている
幼少期にはクラシックバレエ、体操、ピアノ、アイスホッケーも経験。幅広いチャレンジが現在の演技のエレメントになっている幼少期にはクラシックバレエ、体操、ピアノ、アイスホッケーも経験。幅広いチャレンジが現在の演技のエレメントになっている

3歳の時にフィギュアスケート教室へ通い始める

1999年5月5日生まれ。2020年に21歳を迎える。その年齢としてはにわかに信じがたいほど、ネイサン・チェンは輝かしすぎるキャリアを築いてきた。すでにフィギュアスケート界の歴史に名を刻むほど圧倒的な成績を残している。

ネイサンは中国人の両親のもと、アメリカのユタ州ソルトレイクシティで5人兄弟の末っ子として産声をあげた。中国南部の広西チワン族自治区出身の父はユタ大学で薬学を学び博士号を取得。北京出身の母は薬学専門の翻訳家だった。2人は中国で出会い、1988年にソルトレイクシティに移り住んだ。

標高1300メートルという土地柄もあり、姉2人はフィギュアスケート、兄2人はアイスホッケーに夢中になっていたという。2002年2月にソルトレイクシティ冬季五輪が行われた時、当時2歳だったネイサン少年は母に連れられ、フィギュアスケートの試合を観戦した。

その後、3歳になって初めて訪れたフィギュアスケート教室では、「まず片足で立ってみましょう」という最初の課題を難なくこなしてしみせる。レッスン自体は6週間で終了したものの、母はまだ3歳の息子の才能に気づき専属のコーチをつけることを決意したのだった。

さらに驚かされるのはその万能性だ。スケート以外にも、クラシックバレエ、体操、ピアノ、アイスホッケーにふれたうえ、そのすべてで好成績を残したという。ピアノコンクールでは上位入賞を果たし、体操でも持ち前の運動神経を発揮。クラシックバレエと体操で培われた空間認識能力や体幹、力の使い方、そしてピアノで養ったリズム感や表現力は、確実に今の彼の演技のベースとなっている。

2013年12月、14歳の時には世界ジュニア選手権で銅メダルを獲得(右端)。福岡で行われた大会だった
2013年12月、14歳の時には世界ジュニア選手権で銅メダルを獲得(右端)。福岡で行われた大会だった2013年12月、14歳の時には世界ジュニア選手権で銅メダルを獲得(右端)。福岡で行われた大会だった

資金難に苦しみ、奨学金制度に助けられた恩

スパンコールが施されたきらびやかな衣装が注目ポイントの一つでもあるフィギュアにおいて、ネイサンのシンプルな衣装は「地味」「練習着のよう」と評されることもある。

確かに彼の着用する衣装は基本的に黒や白のモノトーンが多く、決して派手さはない。これはネイサン自身が「着心地のいい服が好き」、「スパンコールが嫌い」というのが大きな理由だろう。目のひくデザインよりも実用性を重視する、地に足のついた考え方には、彼が幼いころに資金面で苦労したことも少なからず影響しているかもしれない。

実はネイサンがスケートを習い始めたばかりのころ、5人の子どもを育てるチェン家の家計は苦しく、新しいスケート靴を買う余裕がなかったというエピソードが残されている。

2017年、平昌五輪のプレ大会的な位置づけで行われた四大陸選手権では、羽生結弦(左端)と宇野昌磨(右端)をおさえて金メダルを手にしている
2017年、平昌五輪のプレ大会的な位置づけで行われた四大陸選手権では、羽生結弦(左端)と宇野昌磨(右端)をおさえて金メダルを手にしている2017年、平昌五輪のプレ大会的な位置づけで行われた四大陸選手権では、羽生結弦(左端)と宇野昌磨(右端)をおさえて金メダルを手にしている

そんな時に手を差し伸べてくれたのは、1998年の長野五輪、そしてソルトレイクシティ五輪にフィギュアスケートのアメリカ代表として出場したマイケル・ワイス氏だった。ワイス氏は才能ある未来のスケーターを金銭面で援助するため、自身の名を冠した財団を立ち上げ、奨学金制度を整えていた。

当時のネイサン少年はまだ対象年齢に届いていなかったものの、ワイス氏は特別に、スケート靴を買うための200ドルを渡した。そしてそのスケート靴を履いて目覚ましい活躍を見せたネイサンは、その後10年間にわたって7万5000ドルのサポートを受けることになったという。2013年−2014年シーズンには世界ジュニア選手権で銅メダル、2014年−2015年シーズンにはジュニアグランプリファイナルで優勝と、期待に応える活躍を見せていった。

現在は学業面でも大きな成果を発揮し、名門イェール大学に在学中。「統計学を専攻して、同時に医学進学課程の必須科目も取っていく予定」だという。

「ワイスが私にしてくれたように、いつかは若いスケーターを助けたい」

あらゆる才能を兼ね備えたスーパースケーターは、壮大な夢を見据えている。

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