注目記事 | 陸上競技

【アスリートの原点】多田修平:小学校では校内で2、3番。中学時代は全国舞台も踏めなかった遅咲きのスプリンター

中学から短距離一筋。大学で才能が開花し9秒台に到達

文: オリンピックチャンネル編集部 ·

多田修平は2017年に追い風参考ながら100メートル走で9秒94をマークし、一躍、東京五輪代表候補に名乗りを上げた。2019年の世界陸上競技選手権大会では4×100メートルリレーの1走を務め、同種目の銅メダル獲得に貢献している。ただ、「シンデレラボーイ」と称される彼の経歴を振り返ると、中学時代は全国大会に出場できず、高校ではインターハイ優勝経験もない。多田修平は遅咲きのスプリンターだ。

2017年6月、大学3年次に追い風参考記録ながら9秒94をマークし、一気に注目を浴びる存在となった

中学時代は大阪府5位。高校でも全国優勝はなし

陸上競技選手のなかにも、早熟型と遅咲き型のタイプがいる。短距離走で東京五輪出場を狙う多田修平は後者だ。

1996年6月24日に大阪府で生まれた多田は、小学生のころから走ることが大好きな少年だった。好きな遊びは「鬼ごっこ」。人よりも早く走る楽しさに魅了され、運動会では自らリレーのメンバーに志願した。ただ、当時はずば抜けて足が速かったわけではない。校内では2、3番目といったところだった。

東大阪石切中学校に進学すると、陸上部に入部し、迷わず短距離走を選んだ。毎日の朝練や筋トレにもめげず、真剣に陸上に打ち込んだが、中学時代は一度も全国の舞台を踏んでいない。3年時の中学校総合体育大会では、100メートル走で大阪府5位の記録にとどまった。

中学卒業後は大阪桐蔭高等学校に進学する。本人は「陸上に対して本気になったのはこのころです」と振り返ったことがある。「インターハイ優勝」という目標に向けて、何をすべきか自分自身で考える指導を受けた。しかし、3年次に全国高等学校総合体育大会、通称インターハイでは全国出場こそ果たしたものの、100メートル決勝の結果は10秒78で6位。目標としていた優勝どころか、表彰台にも手が届かなかった。

学生時代の2017年には世界選手権にも出場。100メートル予選、学生ランナーは物怖じせずにウサイン・ボルト(左端)と並走し、準決勝に進出した

アサファ・パウエルの兄に全く歯が立たず

短距離一筋にかけながらも、なかなか芽が出ずにいた多田の才能が開花したのは、2015年に関西学院大に入学してからのことだ。学生主体で競技に取り組む同大の活動において、多田は一つひとつのトレーニングにおける意味を考え、理想の体づくりを極めていった。

なかでも強く刺激を受けたのが、大阪陸上競技協会が主催する「OSAKA夢プログラム」への参加だった。大学の後押しもあってプログラムに参加した多田は、約1カ月間に及んだアメリカやオーストラリアなど海外での強化合宿を経て、スタートの姿勢や筋力改造に取り組んだ。

2019年世界陸上の4×100メートルリレーでは2017年の同大会と同じく1走を担当。白石黄良々、桐生祥秀、サニブラウン アブデルハキームとともに37秒43のアジア新記録を出し、銅メダルを獲得した

合宿中には、100メートルの元世界記録保持者、ジャマイカ人アサファ・パウエルの兄であるドノバン・パウエル氏の指導を受ける機会もあった。20歳も歳の離れたドノバン氏とともに何度走っても、全く歯が立たなかった。この経験が、多田に世界トップレベルの速さを強烈に印象づけ、世界と戦う覚悟を生んだ。

そして2017年6月、大学3年次に出場した日本学生陸上競技個人選手権大会の100メートル準決勝で、追い風4.5メートルの追い風参考記録ながら9秒94をマークし、日本国内の競技会における日本選手初の9秒台をたたき出した。望む結果が出なくても諦めずに努力を続けてきた多田が、日本短距離界に衝撃を与える「シンデレラボーイ」となった瞬間だった。

【アスリートの原点】八村塁:野球を断念したのは豪速球が取れる選手がいないため。 中学からバスケを始め、当時からアメリカ行きを意識

【アスリートの原点】松島幸太朗:父の急死を乗り越えて──南アフリカで培われたラグビーの技術と精神力

【アスリートの原点】堂安律:小学生時代、恩師に受けた「一番をめざせ」という言葉を胸に、サッカー日本代表の主力に成長

【アスリートの原点】鈴木雄介:"大会強制出場"で競歩に触れ、2人の指導者との出会いを経て才能開花

【アスリートの原点】前田穂南:高校3年間は補欠止まりながら、マラソンで東京五輪切符をつかんだニューヒロイン

【アスリートの原点】ロジャー・フェデラー:「人格者」である「テニス界の皇帝」の幼少期は、周囲も手を焼く「小さな悪魔」

【アスリートの原点】セルヒオ・ラモス:スペイン代表をけん引する「世界最高のセンターバック」……負けん気の強さは故郷セビージャの闘牛文化から