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【アスリートの原点】福岡堅樹:幼少期からスピードスター。2度の大けがが医師を志すきっかけに

ラグビーに熱中しながら水泳、ピアノ、バンド活動も

文: オリンピックチャンネル編集部 ·
日本代表で初キャップを飾った時の写真。2013年4月に地元の福岡で行われたフィリピン戦でデビューを果たした

福岡堅樹(けんき)は2019年のラグビーワールドカップを最後に、15人制ラグビー日本代表を引退した。今後は7人制ラグビーでの東京五輪出場、そして現役引退後は医師になる夢を明かしている。極めてめずらしい道を志す背景には、少年時代に2度の大けがから復活を遂げた経験がある。

2019年のワールドカップでは快速を生かし出場4試合で4トライを決めた。オリンピックは2016年のリオデジャネイロ五輪を経験している

高校では運動靴で100メートル11秒2をマーク

福岡堅樹(けんき)がラグビーと出合ったのは5歳の時。父に連れられて行った地元福岡のラグビースクールだった。

当時から駆けっこをすれば断トツの韋駄天ぶりを見せる運動神経を誇っていた。幼少期から自然と前傾姿勢で走っていたという。中学2年の冬に100メートルで11秒7の記録をたたき出し、高校では運動靴で走って11秒2をマークする。その俊足を生かして、フィールドを切り裂くように駆け抜ける爽快感に魅了され、ラグビーに熱中するようになった。

ただし、ラグビー一筋で育ってきたわけではない。福岡少年の関心は多岐にわたり、水泳や習字、ピアノも習っていた。小学5年生から中学3年生までは学習塾で勉学に励み、学校の成績はトップクラスをキープしていたという。

高校は地元の進学校である福岡県立福岡高校に進み、文武両道に勤しんだ。高校時代はバンド活動も行っていたが、勉強もラグビーも疎かにはせず、3年次には全国高校ラグビーフットボール大会、通称「花園」に出場している。

大学受験に臨む際、第一志望に設定したのは筑波大学の医学専門学群だった。開業医の祖父と歯科医の父の影響で、幼いころから漠然と「医者になりたい」という夢を持っていた。ラグビーを高いレベルで続けながら医師をめざす道を歩むには、同大学が適切だと考えた。

しかし、二兎を追うのは難しかった。1年間の浪人を経て再受験したが、筑波大の医学専門学群から合格通知は届かなかった。ただし、後期試験で受験した同大学の情報学群は合格。福岡は、他の大学の医学部に進学するのではなく、まずはラグビーを極める道を選んだ。

2017年からはラグビーの国際大会「スーパーラグビー」にも参戦。日本チームのサンウルブズの一員としてプレー

2度の前十字じん帯断裂を乗り越えて

福岡が医師を志す大きな理由がもう一つある。自身がラグビーのプレーで何度もけがを経験し、そのたびに整形外科医に救われてきたからだ。

特に高校時代は左足の前十字じん帯を断裂、その後、今度は右足のじん帯断裂という大けがに見舞われ、完治まで2年近くを要している。選手生命を脅かされるほどのけがで、持ち味のスピードが落ちてしまったり、けがをする以前の感覚を取り戻せなくなってしまったりする可能性もあった。しかし、医師の治療と福岡自身の懸命なリハビリの甲斐あり、自慢の快足を取り戻すことができた。

福岡の医学への関心は高く、右ひざ前十字じん帯の断裂時に入れたボルトを取り除く内視鏡手術を受けた際には、全身麻酔ではなく下半身のみの麻酔にとどめ、手術過程をモニターで見たという。

一浪して入学した筑波大の情報学群では、医学にも生かせる「生物画像処理』の分野を卒業論文のテーマに選んだ。一見、回り道に見えてもむだではない。自身のすべての経験が「スポーツに精通した医師になりたい」という夢につながっている。

1992年9月7日に生まれ、27歳で迎える東京五輪を最後に現役を退く意向を示している福岡は、「医師は早く見積もっても35歳ぐらい」と先を見据える。

2020年1月12日のトップリーグ開幕戦で、所属するパナソニックワイルドナイツの一員として怒涛の2トライを決めた福岡。試合後、7人制代表合流についてはっきりと口にしなかったが、同17日、ついに正式に合流が発表され、本格的に東京五輪代表入りへと動き出した。夢は一兎ずつ、確実に。まずは「現役最後」と位置づける東京五輪の7人制ラグビーでの完全燃焼をめざす。

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