【アスリートの原点】鈴木雄介:"大会強制出場"で競歩に触れ、2人の指導者との出会いを経て才能開花

「ランナー」から「ウォーカー」に転身して全国優勝

鈴木雄介は2019年ドーハで行われた陸上の世界選手権で競歩50キロに出場し、酷暑のなか日本人初の金メダルを獲得。東京五輪への出場権も手にした。学生時代から全国区で名を馳せ、「競歩の申し子」と称された鈴木が世界の頂点を極めた道のりには、2人の指導者との出会いがある。

2019年の世界選手権の50キロ競歩で優勝を果たし、東京五輪行きが内定。オリンピックは2度目の挑戦となる
2019年の世界選手権の50キロ競歩で優勝を果たし、東京五輪行きが内定。オリンピックは2度目の挑戦となる2019年の世界選手権の50キロ競歩で優勝を果たし、東京五輪行きが内定。オリンピックは2度目の挑戦となる

中学時代、強制的に出場させられた地区大会

石川県能美市は全国でも珍しい、競歩が盛んな地域だ。「競歩王国」とも称される同市では毎年「全日本競歩能美大会」が行われ、県内からはオリンピアンが複数輩出されているほどだ。

鈴木雄介は、そんな「競歩王国」で1988年1月2日に生まれた。幼少期はピアノと水泳を習っていたが、小学3年生になったとき、2学年上の兄が地元の陸上クラブに入ったことをきっかけに、自身も同クラブで陸上競技を始めた。ただ、当時の鈴木は「ウォーカー」ではなく「ランナー」で、長距離を中心に走っていた。

「競歩」との出合いは、ひょんなきっかけだった。辰口中学校に進学して陸上部に入ると、最初の地区大会で新入生は誰も専門の種目に出場することができず、強制的に出場させられたのが「競歩」だった。当然ながら競歩選手としての練習など積んでおらず、全くの初心者だったが、そのなかでも鈴木は速い方だったという。この出会いを機にその後もいくつかの県大会に出場した。

転機は中学2年次の地区大会で訪れた。長距離と競歩の2種目に出場すると、メインの長距離ではなく、競歩のほうで県大会に進むことができた。「せっかくだから」と県大会に向けて本格的に競歩の練習に取り組み始めると、みるみる上達していくことを自分の体でも実感したという。すると、トラックの3000メートルと5000メートル、そしてロードの3キロの3種目で中学新記録を樹立。鈴木雄介の名は瞬く間に全国区で知れ渡ることとなった。

順天堂大に進学後、2006年には世界ジュニア1万メートル競歩で銅メダルを獲得している(右端)
順天堂大に進学後、2006年には世界ジュニア1万メートル競歩で銅メダルを獲得している(右端)順天堂大に進学後、2006年には世界ジュニア1万メートル競歩で銅メダルを獲得している(右端)

高校、大学で恵まれた指導者との出会い

活躍の場を国内から国際舞台へと広げていく過程で、鈴木は2人の良き指導者との出会いに恵まれた。

ひとりは、地元の進学校である小松高等学校に入学した際、日本陸上競技連盟が強化事業の一環で招聘した、競歩専門のイタリア人コーチだという。

中学時代はセンスだけのウォーキングをしていた鈴木は、彼の研修会に参加し、初めて競歩の専門的なテクニックや理論を教わったという。基本的な腰と肩の動かし方、推進力を生み出す方法、歩幅の間隔など細かい理論的な指導を受けると、それまで無意識に体現していたウォーキングの感覚を意識的につかむことができたといい、記録もさらに伸びて、高校3年次には全国高等学校総合体育大会、通称インターハイで全国優勝を果たした。

2人目は、順天堂大に進学後に出会い、富士通に所属する今現在も指導を受ける今村文男コーチだ。今村コーチは、バルセロナ五輪、シドニー五輪、そして7度の世界選手権出場を誇る日本競歩界の第一人者。鈴木は今村コーチの影響を受け、練習に対する意識が大きく変わった。

ただ早く歩くことだけでなく、心拍数や体調を感じながら歩くことや、体力を温存しながら歩くことの大切さを教わった。年間を通して質の高い練習をこなせるようになった鈴木は、2006年に世界ジュニア1万メートル競歩で3位に入るなど飛躍を遂げた。2015年には20キロ競歩で世界新記録を樹立。その記録は今もなお破られていない。

競歩と本格的に向き合い始めた中学時代から、鈴木の目線は常に「世界一」を見据え続けてきた。2012年のロンドン五輪は36位に終わり、2016年のリオデジャネイロ五輪は故障の影響で出場を逃した。50キロ競歩での日本代表が内定している東京五輪でめざすのはもちろん、金色に輝くメダルだ。

世界選手権には2009年のベルリン大会から5度出場。「競歩王国」で生まれ育った真価を発揮し続けている
世界選手権には2009年のベルリン大会から5度出場。「競歩王国」で生まれ育った真価を発揮し続けている世界選手権には2009年のベルリン大会から5度出場。「競歩王国」で生まれ育った真価を発揮し続けている

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