【アスリートの原点】錦織圭:ハワイみやげの子ども用テニスラケットでキャリアがスタート。13歳でアメリカ留学を果たす

小学6年生の時には全国3冠の偉業を達成

2019年8月26日時点で世界ランク7位。錦織圭は名実ともに国際的なテニスプレーヤーの一人であり、日本テニス界を最前線でけん引する。若くしてアメリカへの留学を決意し、フロリダを拠点にハードなトレーニングと試合に明け暮れたキャリアを支える原点とは。

小学1年生の時にキャリアを本格的にスタートさせた。2019年7月にはツアー本戦通算400勝を達成している
小学1年生の時にキャリアを本格的にスタートさせた。2019年7月にはツアー本戦通算400勝を達成している小学1年生の時にキャリアを本格的にスタートさせた。2019年7月にはツアー本戦通算400勝を達成している

「修造チャレンジ」の直後に2度の全国制覇

錦織圭は1989年12月29日、島根県松江市に生まれた。テニスを始めたのは5歳の時。きっかけは子ども用のテニスラケットだった。土木事業に携わる技術者の父が、社員旅行先のハワイでお土産として購入してきたものだ。

両親ともテニスが趣味で、4歳上の姉も高校時代にテニスの全国大会に出場した経験を持つ。このような家庭環境のなかで、錦織も小学1年生の時から松江市内の「グリーンテニススクール」に通い始めた。週に3、4日トレーニングを積み、週末は遠征試合をこなす日々を過ごした。

小学6年生の時、その才能が開花する。2001年5月に全国選抜ジュニア選手権で優勝を果たした。錦織の活躍は元プロテニスプレーヤーの松岡修造氏の目にも留まり、同年6月に松岡氏が取り組む強化合宿「修造チャレンジ」に参加する。

2008年の全米オープン、18歳の錦織は日本男子シングルとして71年ぶりにベスト16進出を果たした
2008年の全米オープン、18歳の錦織は日本男子シングルとして71年ぶりにベスト16進出を果たした2008年の全米オープン、18歳の錦織は日本男子シングルとして71年ぶりにベスト16進出を果たした

テレビで当時のシーンを目にした方もいるかもしれない。心身ともに松岡氏に鍛えられた錦織は、後に「世界に行くきっかけを作ってくれた」とこの合宿に感謝の気持ちを述べている。

直後の7月には全国小学生テニス選手権大会でも優勝し、さらに8月には全日本ジュニア(12歳以下)を制覇。先述の全国選抜ジュニア選手権も含めて、小学生の日本テニス史上5人目となる全国3冠を達成したのだった。

2011年のスイス・インドアでは憧れのロジャー・フェデラー(右端)と決勝で対戦。惜しくも準優勝に終わった
2011年のスイス・インドアでは憧れのロジャー・フェデラー(右端)と決勝で対戦。惜しくも準優勝に終わった2011年のスイス・インドアでは憧れのロジャー・フェデラー(右端)と決勝で対戦。惜しくも準優勝に終わった

18歳の時、プロ転向2年目で国際ツアー初優勝

2003年、当時中学2年生だった錦織は13歳でアメリカへ留学する。「盛田正明テニスファンド」の強化選手に選ばれ、フロリダのIMGアカデミー(プロスポーツ選手養成所)にテニス留学するチャンスがめぐってきた。

その後、錦織はフロリダを拠点に世界のジュニアサーキットを転戦することになる。このアメリカ留学をサポートしてくれた盛田氏との出会いは、今の錦織を支える原点と言えるだろう。

アメリカでは、学校で授業を受ける時間を除いて、朝の6時から夜の7時までトレーニングが課せられた。ハードな毎日だったが、日々の積み重ねが着実に錦織を成長させていく。

2016年のリオデジャネイロ五輪では銅メダル(右端)。テニス競技において日本選手としては96年ぶりのメダル獲得だった
2016年のリオデジャネイロ五輪では銅メダル(右端)。テニス競技において日本選手としては96年ぶりのメダル獲得だった2016年のリオデジャネイロ五輪では銅メダル(右端)。テニス競技において日本選手としては96年ぶりのメダル獲得だった

2007年10月のジャパンオープンでプロに転向すると、翌2008年2月のデルレイビーチ国際選手権でATPツアー初優勝。同年8月の全米オープンで18歳の少年は日本男子シングルとして71年ぶりにベスト16進出を果たし、その年のATPワールドツアー最優秀新人賞を獲得した。

その後の活躍は周知のとおりだろう。けがに悩まされる時期もあったが、錦織は一気に世界屈指のテニスプレーヤーへと駆け上がり、日本テニス界をけん引していく。

2019年7月に開催されたウィンブルドン選手権。3回戦でスティーブ・ジョンソン(アメリカ)を下した錦織は、ツアー本戦通算400勝を達成。日本男子前人未到の大記録だ。

錦織は記録や数字に固執するタイプではない。そのため、試合後にメディアから勝利数のことを聞かれても特別な反応を示さなかった。だが、2019年のウィンブルドン選手権の際は、話がアメリカへ留学のきっかけをつくってくれた盛田氏に転じると、将来のこと、そして自分のことを踏まえてこう語った。

「(盛田)会長のやっているファンドの意味というか、僕を超えられる選手が出てきてほしい。僕のなかでは、会長に一番いい成績を届けたい。そのためにも、自分ももうちょっと頑張りたいと思いますね」

キャリアの原点とも言える恩人の存在と信念が、錦織の勝利へのモチベーションとなっている。

  • 錦織 圭:リオ・オリンピック ハイライト

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  • ナダル vs 錦織、テニス男子シングルス3位決定戦 | リオ2016リプレイ

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