ウォルシュ ジュリアン:短距離王国ジャマイカの遺伝子を持ち、競技歴4年足らずでオリンピックに出場

1992年以来の日本人ファイナリストになれる逸材

父親がジャマイカ人。短距離王国にルーツを持つスプリンターで、本格的に陸上を始めてからわずか4年足らずで2016年リオデジャネイロ五輪に出場した。400メートルを本職とするウォルシュ ジュリアンは、とてつもないポテンシャルを秘めたアスリートだ。その未来には期待せざるを得ない。

1996年9月18日にジャマイカの首都キングストンで生まれた。日本人離れした筋肉で400メートルを疾走する
1996年9月18日にジャマイカの首都キングストンで生まれた。日本人離れした筋肉で400メートルを疾走する1996年9月18日にジャマイカの首都キングストンで生まれた。日本人離れした筋肉で400メートルを疾走する

中学では入学式当日に陸上部が廃部に

近年、日本のアスリートのなかには、海外の国に何らかのルーツを持つ選手が増えている。

陸上界では2016年リオデジャネイロ五輪の4×100メートルリレーで銀メダル獲得メンバーとなったケンブリッジ飛鳥や2015年の世界ユースで100メートル、200メートルの2冠に輝いたサニブラウン・ハキームなどが躍動している。ケンブリッジはジャマイカ生まれで、サニブラウンは父親がガーナ人だ。

2019年春に東洋大学を卒業するウォルシュ ジュリアンは、ケンブリッジと同じくジャマイカにルーツを持つスプリンターだ。父親がジャマイカ人のレゲエミュージシャンで、母親は日本人。1996年9月18日にジャマイカの首都キングストンで生まれ、3歳の時に日本に移住した。

「ジャマイカ出身のスプリンター」と聞くと、それだけで思わず才能を感じてしまう。東京都東村山市で少年時代を過ごしたジュリアンが陸上に興味を持ったのは、小学6年生の時。2008年北京五輪の男子100メートルにおいて、ウサイン・ボルト(ジャマイカ)が当時の世界新記録となる9秒69で走り、金メダルを獲得する姿を見たことがきっかけだった。

「子どものころから自分は足が速いと思っていた」というジュリアン少年が、出生国のスーパースターの活躍を見て感銘を受けないわけがない。中学では陸上部に入ると心に決めていたが、進学した東村山第三中学校は「陸上部が2人しかいなくて、入学式当日に廃部になった」という。

仕方なくバスケットボール部で3年間を過ごしたが、自身の上達は感じられず、バスケットボールにのめり込むことはなかった。高校は、陸上部があることをしっかり確認して埼玉県の東野高校に進学。ただし、1年次の顧問は陸上未経験者だったため、ジュリアン自身もあまり熱心には練習していなかった。

しかし2年に進級した時、国民体育大会に出場した経験を持つ武井智巳教諭が赴任したことが転機となって部の雰囲気が変わった。ジュリアンもようやく本格的に陸上のトレーニングをスタートさせる。ジュリアンはもともと、短距離の「花形」である100メートルと200メートルに取り組んでいたが、「思うように走れない」と悩んでいた。そこで武井教諭から400メートルへの転向を勧められた。そして、これが人生を大きく好転させた。

本格的に競技をスタートさせてから4年足らずでリオデジャネイロ五輪の400メートルに出場している
本格的に競技をスタートさせてから4年足らずでリオデジャネイロ五輪の400メートルに出場している本格的に競技をスタートさせてから4年足らずでリオデジャネイロ五輪の400メートルに出場している

400メートル転向で才能が一気に開花

「最初は嫌だった」とジュリアンは当時を振り返る。人間が最大出力で無酸素運動ができるのは40秒程度が限界と言われている。男子400メートルは現在の世界記録が43秒03と、ほぼ無酸素状態で走り切る。陸上短距離の中では最も過酷と言われる競技であるだけに、ジュリアンも乗り気ではなかった。

それでも実際にトレーニングに取り組み、大会に出場すると、100メートルや200メートルよりも好結果が出た。高校2年次に48秒台を出すと、3年次にはさらに記録を伸ばして46秒台に突入。急激に頭角を現し始めたことが評価され、アメリカで行われた世界ジュニアの4×400メートルリレーのメンバーにも選出された。400メートルという種目に本格的に取り組み始めてからわずか1年強、全国大会も未経験の状態で、日本代表に招集される大抜擢だった。

この世界ジュニアで銀メダルを獲得し、2016年リオデジャネイロ五輪への出場が現実的な目標になったウォルシュは、桐生祥秀(きりゅう・よしひで)のいる東洋大学に進学し、さらに熱心にトレーニングに励んでいく。

「桐生さんから吸収できることはたくさんある」とウォルシュが言えば、「一緒に練習していてすごくいい」と桐生は言う。お互いを認め合うなかで切磋琢磨し、2年次の2016年6月、日本陸上競技選手権大会で45秒35という自己ベストを樹立する。リオデジャネイロ五輪の参加標準記録である45秒40を上回るタイムを出し、ウォルシュは開幕まで2カ月を切ったタイミングでオリンピックへの出場権を手にした。本格的に競技をスタートさせてから4年足らずという「スピード出世」だった。

リオデジャネイロ五輪では「会場の雰囲気にのまれ、緊張で体が動かなかった」。残念ながら予選敗退となったが、19歳で大舞台に立てたことは間違いなく貴重な経験になったはずだ。

日本人離れした筋肉と身体能力に期待

男子400メートルでは、1992年バルセロナ五輪で高野進が決勝に進出し、8位入賞を果たしている。その後日本人ファイナリストは現れていないが、ジュリアンの「スピード出世」ぶりと、その日本人離れした筋肉と身体能力を見ると、大きな期待を抱かざるを得ない。

175センチとそれほど大柄ではない。だが、「休みの日も筋トレをする」ほどで、太腿筋や大臀筋の盛り上がりぶりは他の日本人選手とは一線を画す。その筋肉が圧倒的なパワーを生み出し、なおかつ体幹がしっかりしているため、最後まで姿勢やフォームがぶれることはない。かつて本人が投稿していた「走る」「跳ぶ」「登る」といった移動に重点を置く「パルクール」の動画を見れば、身体能力の高さは一目瞭然だ。

400メートルに不要な筋肉をそぎ落とし、無駄なく走るために必要な筋肉をつけていけば、さらなる成長も期待できる。本格的に取り組み始めて4年足らずでオリンピック出場を果たしたウォルシュが、東京五輪の400メートルで世界を驚かす展開は決して荒唐無稽ではない。

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