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 ウルフ・アロンは柔道で日米の懸け橋になる夢を抱く。飛躍のきっかけは「頭を使って、自分で考える練習」【アスリートの原点】

東京五輪では「柔道界三冠」を狙う

文: オリンピックチャンネル編集部 ·

2017年に世界柔道選手権、2019年に全日本柔道選手権で王者となった。次なる目標は東京五輪の金メダルだ。男子100キロ級代表のウルフ・アロンは、男子で過去7人しか達成していない「柔道界三冠」をめざし、コロナ禍でも黙々と練習に励んでいる。ストイックな男の原動力は「負けたくない」という一心だ。

柔道を始めたのは6歳の時。体格の良さから祖父に勧められた。少年時代に通った春日柔道クラブにはベイカー茉秋も在籍していた

年下に負け、本気で柔道に取り組むように

柔道選手のウルフ・アロンは1996年2月25日に産声をあげた。駒澤大学で英語講師として働くアメリカ国籍の父、そして日本人の母の間に誕生した。

出身は東京都葛飾区の新小岩。小松南小学校入学時にはすでに130センチ、30キロあったという。その体格の良さ、そして抜群の運動神経を武器に、幼いころから水泳を含め、さまざまなスポーツに親しんできた。アメリカ人の父の影響を受けて野球やバスケットボール、アメリカンフットボールにのめり込む可能性も十分にあった。だが、最も熱中したのは日本のお家芸、柔道だった。

競技との出合いは6歳の時だ。母方の祖父に勧められ、講道館の春日柔道クラブを訪れた。一学年上には、リオデジャネイロ五輪男子90キロ級金メダルのベイカー茉秋が在籍していた。

文京区立第一中学校進学後も練習には通っていたが、本人いわくこのころまではあまり真剣に柔道に打ち込んでいなかったという。一方、中学では勉学に勤しみ、学年3位に輝いたこともある。

ただし、試験前に練習を休むことが増えると、おのずとパフォーマンスは落ちた。都大会でも進めるのは主に2回戦まで。練習中も年下選手に投げ飛ばされることが増えていった。大きく傷ついたが、当時を振り返り「あの悔しさがあったからこそ柔道に打ち込めた」と語ったことがある。この体験によって一念発起し、中学2年生の終わりごろから自主トレを開始するようになった。

しかし都大会のレベルは高かった。全国大会に一度も出場できなかったため、高校では思いきって都内ではなく千葉県に新天地を求め、東海大学付属浦安高校の柔道部に進んだ。

2019年4月には全日本柔道選手権の無差別級を制している。同大会では初優勝だった

「頭を使って勝つ柔道」で高校時代に開花

「やらされる練習よりも、自分で考える練習をすることで強くなれる」

東海大浦安高柔道部の信念に基づき、ストイックなトレーニングに打ち込むと結果が出始めた。1年次から個人戦のみならず団体戦でも活躍。東海大浦安高柔道部では、全国高等学校柔道選手権大会、金鷲旗高校柔道大会、全国高等学校総合体育大会(インターハイ)を制覇する「高校三冠」を達成した。

東海大学進学後は、より一層頭を使って勝つことを意識する。2015年、大学2年次に柔道グランプリのウランバートル大会で国際大会初優勝を飾ってからは、講道館杯全日本柔道体重別選手権大会や全日本選抜柔道体重別選手権大会も制覇し、一気に柔道界の新星として注目されるようになっていった。

2017年には試合会場で出会った元柔道家の良美さんと結婚し、人生最大のパートナーを得た。2018年に左ひざ半月板損傷という大けがに見舞われた時も、良美さんはあえて普段どおりの生活を心がけ、献身に支えてくれたという。自身のツイッターでは豪快な投げ技からは想像もつかない、繊細な包丁さばきを繰り出す「料理男子」の一面も披露する。

穏やかで謙虚、誰にでもフレンドリーに接する男だが、負けず嫌いな性格は幼いころから変わっていない。妥協を許さない男には、いずれアメリカに柔道を広めたいという野望がある。そのためには東京五輪で表彰台の頂点に立つことが最良のアピールになる。日々の稽古に力が入る。

選手プロフィール

  • ウルフ・アロン Aaron Phillip Wolf
  • 柔道100キロ級選手
  • 生年月日:1996年2月25日
  • 出身地:東京都葛飾区
  • 身長/体重:181センチ/100キロ
  • 出身校:文京一中(東京)→東海大浦安高(千葉)→東海大(東京)
  • 所属:了徳寺学園
  • オリンピックの経験:なし
  • ツイッター(Twitter):ウルフアロン A.WOLF(@maronaaron0225
  • インスタグラム(Instagram):A.WOLF ウルフアロン(@aaron_wolf0225
  • YouTube:AARON WOLF

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