サニブラウン・ハキーム:中学時代に10秒台を記録。「ボルトの記録を破った男」として一躍脚光を浴びる

18歳で日本の頂点に。その走りはまだまだ発展途上

2015年の世界ユース陸上競技選手権大会であのウサイン・ボルトの記録を破って注目度が高まった。2017年の日本陸上競技選手権大会では18歳にして国内トップクラスのスプリンターたちを制し初優勝。サニブラウン・アブデルハキームは、群雄割拠の様相を呈する日本の男子スプリンター陣をリードする存在になり得る逸材だ。

ストライドが大きく、ピッチが少ないのが特徴。ボルトと近い走りで短距離を疾走する
ストライドが大きく、ピッチが少ないのが特徴。ボルトと近い走りで短距離を疾走するストライドが大きく、ピッチが少ないのが特徴。ボルトと近い走りで短距離を疾走する

父はガーナ出身、母は元スプリンター

名前の正式な表記は「サニブラウン・アブデルハキーム」。一見しただけではどこの国の人間かわかりづらいかもしれないが、彼はまぎれもない日本代表のアスリートだ。生まれは福岡県で、父親はガーナ出身。サッカーが得意だったという父親の影響で、サニブラウン自身も小さいころはサッカーをしていた。

転機が訪れたのは小学3年生の時。「団体競技に向いていない」という理由で、母親の明子さんから陸上競技を勧められた。母親は女子100メートルなどで全国高等学校総合体育大会に出場した経験を持つ元アスリートだ。もしかしたら我が子の資質に気づき、陸上への転向を勧めたのかもしれない。

当時、すでに東京で生活していたサニブラウンは、1992年バルセロナ五輪、1996年アトランタ五輪に出場した大森盛一氏が代表を務めるアスリートフォレストT.C.で陸上の実力を伸ばしていく。2010年、小学6年生の時には4×100メートルリレーのメンバーとして全国小学生陸上交流大会に出場し、準決勝進出を果たしている。

ボルト超え、そして「史上最高」の戦いを制す

その後は城西大学附属城西中学校と高等学校に進み、ここでは2000年シドニー五輪に出場した山村貴彦氏に師事。中学3年生の時には10秒88を記録し、高校1年次には100メートルで10秒45、200メートルで21秒09という高1歴代最高記録を樹立した。この快挙が評価され、日本陸上連盟が若手アスリート育成を目的に設立した「ダイヤモンドアスリート」制度の第1期生に選出されるなど、飛躍的に成長を遂げていく。

その名を一躍有名にしたのは、2015年7月、高校2年で出場したIAAF世界U18陸上競技選手権大会(世界ユース)でのレースだった。100メートルで10秒28の大会新記録を樹立して優勝を飾ると、200メートルでも20秒34の大会新記録で金メダルを獲得し、2冠を達成。200メートルで20秒40という大会記録を持っていたウサイン・ボルト(ジャマイカ)の記録を破っての優勝だった。

「ボルトの記録を破った男」という非常にわかりやすい肩書きを得たサニブラウンは、そこからさらに加速していく。200メートルでは同年に北京で行われる世界陸上競技選手権大会への参加標準記録も突破したため、日本代表に追加招集されて大会に参加。連戦の疲れもあって決勝には届かなかったが、それでも予選を突破し、準決勝まで勝ち進んでいる。

世界ユース陸上競技選手権大会では100メートルと200メートルの2冠を達成。200メートルではボルトの大会記録を更新した
世界ユース陸上競技選手権大会では100メートルと200メートルの2冠を達成。200メートルではボルトの大会記録を更新した世界ユース陸上競技選手権大会では100メートルと200メートルの2冠を達成。200メートルではボルトの大会記録を更新した

迎えた2016年、リオデジャネイロ五輪出場への期待は高まっていたが、前年から相次ぐ故障に見舞われて調子が上がらず、6月にはハムストリングスの肉離れを発症したため、オリンピック出場の夢はついえてしまった。

翌2017年、サニブラウンは南アフリカとオランダで、オランダ代表でコーチを務めるレイナ・レイダー氏の指導を受けた。「走り方を一から直された」と本人が語るとおり、フォームを徹底的に矯正し、筋力トレーニングにも励んだ結果、彼の走りは徐々に力強さを増していった。同年4月に10秒18の記録を出して自己ベストを更新すると、6月に行われた日本陸上競技選手権大会ではついにその才能が覚醒した。

100メートルでは予選、準決勝でいずれも自己ベストを更新する10秒06を記録し、決勝に進出。迎えた決勝は2レーンに山縣亮太(やまがた・りょうた)、4レーンにサニブラウン、5レーンに多田修平、6レーンに桐生祥秀(きりゅう・よしひで)、7レーンにケンブリッジ飛鳥とそうそうたる顔触れが並ぶ。

「史上最高レベル」とも評され大きな注目を集めたレースは、直前に土砂降りとなった。悪天候のなかで走ることになった決勝を制したのは当時18歳のサニブラウンだった。優勝タイムは10秒05。決勝で再び自己ベストを更新し、2016年リオデジャネイロ五輪の4×100メートルリレーで銀メダルを獲得した山縣、桐生、ケンブリッジを制してみせた。

2017年、「史上最高レベル」と称された日本陸上競技選手権大会で優勝。山縣、桐生、ケンブリッジ、多田とのレースを制した
2017年、「史上最高レベル」と称された日本陸上競技選手権大会で優勝。山縣、桐生、ケンブリッジ、多田とのレースを制した2017年、「史上最高レベル」と称された日本陸上競技選手権大会で優勝。山縣、桐生、ケンブリッジ、多田とのレースを制した

ピッチを改善させれば9秒台突入も現実に

高校卒業後はフロリダ大学への進学を決め、現在はアメリカを拠点にトレーニングを積んでいる。そんなサニブラウンにとっての最大の武器は、ストライドの長さだ。中学生のころに身長が劇的に伸び、現在は188センチ。176センチの桐生や多田、177センチの山縣、180センチのケンブリッジよりも大きく、それだけ歩幅も大きい。

陸上競技のスピードは、「ストライド(歩幅)×ピッチ(足の回転数)」という公式でほぼ正確に導き出すことができる。1歩で進む距離が長ければ長いほど、そして足の回転数が多ければ多いほど、ゴールまで早く到達できることになる。参考までにボルトはストライドの平均が2.44メートル、ピッチは1秒あたり4.28回転と言われている。身長195センチのボルトは他の選手よりもストライドが長く、最大で2.75メートルにもなる。他の選手よりも足の回転は速くないが、1本で進む距離が長いため、誰よりも早くゴールに到達できている。

一方、桐生は平均ストライドの平均が2.13メートルでピッチが1秒あたり4.71回転、山縣はストライドの平均が2.06メートルでピッチが1秒あたり4.83回転。この2人はピッチ数を稼ぐことでスピードを上げているタイプと言える。

サニブラウンの場合、ストライドの平均は2.27メートル、ピッチは1秒当たり4.4回転となっている。桐生や山縣よりストライドが大きく、ピッチが少ないことを考えると、走り方のイメージはどちらかと言うとボルトに近い。

ただ、上述したとおり、スピードは「ストライド(歩幅)×ピッチ(足の回転数)」で決まる。サニブラウンが今後のトレーニングで筋力をさらにアップさせ、現在のストライドを維持したまま桐生や山縣と同程度のピッチで走ることができれば――日本記録の大幅な更新、つまり、9秒台も夢ではなくなる。

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