野口啓代:壁登りは人生の一部...父お手製のジムで成長する先駆者

中学2年生の時には、大人に交じって参加した国内大会のボルダリングの部で優勝。数多くの栄冠を手にしてきた
中学2年生の時には、大人に交じって参加した国内大会のボルダリングの部で優勝。数多くの栄冠を手にしてきた中学2年生の時には、大人に交じって参加した国内大会のボルダリングの部で優勝。数多くの栄冠を手にしてきた

競技人口が少ないころから、楽しくて壁を登り続けてきた。日本スポーツクライミング界の先駆者と言える野口啓代(あきよ)にとって、2020年は待ちに待った舞台と考えていい。10歳から高い壁に挑み続けてきたプロフリークライマーは、スポーツクライミングが追加種目となった東京五輪で、文字どおり高みをめざす。

19歳で「ボルダリング」のW杯を制覇

手にした栄冠は数知れない。野口啓代(あきよ)は世界トップクラスの女性クライマーだ。

1989年5月30日、茨城県龍ケ崎市に生まれた。小学生時代にフリークライミングに出合うと、すぐに夢中になった。19歳になったばかりの2008年7月には、日本人女性として初めて「ボルダリング」のW杯で優勝を果たす。同年には世界ユース選手権やおおいた国体も制し、クライミングW杯の「ボルダリング」「リード」「スピード」の3種目を総合したオーバーオール部門でも優勝に輝いた。

その後も快進撃は続く。2009年にW杯のボルダリングで年間総合優勝を果たすと、2010年、2014年、2015年にも同賞を受賞。まだクライミングがあまり注目を浴びていない時代から先駆者として壁に挑み、W杯だけでも100戦以上をこなし、経験を積み、実力を磨いてきた。

2019年にキャリア20年目を迎えた野口はどん欲だ。スポーツクライミングが追加種目として正式決定した2020年の東京五輪に向けて、さらなる挑戦を続ける。東京五輪では、4メートルの難壁を4分以内にいくつ登れるかを競う「ボルダリング」と、6分以内に15メートル以上の壁のどの地点まで登れるかを勝負する「リード」と、同条件の高さ15メートルの壁を2人の選手が同時に登ってその速さを争う「スピード」の3種目を行い、その合計点で順位が決まる。

野口は「ボルダリング」と「リード」を得意とするが、「スピード」の経験が豊富とは言えず、速さが問われる種目での成長に取り組んでいる。2017年9月にイランで行われたスポーツクライミングアジア選手権ではスピードにもエントリー。22位で予選敗退を喫したが、野口は前向きだ。「スピードで速いタイムが出せるようになれば、リードやボルダリングにもいい影響が出るはず」と話す。

「課題を登り切れた時は気持ちいいなって思える」。楽しさを熟知している点は野口の強みでもある
「課題を登り切れた時は気持ちいいなって思える」。楽しさを熟知している点は野口の強みでもある「課題を登り切れた時は気持ちいいなって思える」。楽しさを熟知している点は野口の強みでもある

子どものころは木登りや牛舎の屋根に登る遊びが大好き

日本スポーツクライミングのパイオニアとして活躍してきた野口がキャリアをスタートさせたのは、偶然の出会いがきっかけだった。

小学5年生の時、家族旅行で訪れたグアムのゲームセンターでクライミングの壁を目にする。茨城県龍ケ崎市にある実家が牧場を経営しており、木登りや牛舎の屋根に登る遊びが大好きだった野口少女は、当然のようにクライミングの壁を登った。そして、その楽しさに引き込まれた。

クライミングの魅了されたのは父も妹も同じだった。グアムから帰国後、ほどなく3人は茨城県つくば市にあるクライミングジムに通い始めた。

当時はまだクライミングの認知度は低く、野口ファミリーも本格的なスポーツというより趣味の一環として楽しんでいたという。ただ、「没頭できる趣味」という感覚がプラスに作用した。クライミングジムに夢中になった野口はめきめきと成長していく。

2002年、キャリア1年目ながら、小学6年生の時には中学生が多い全日本ユース選手権のリードの部で優勝。中学2年生の時には、大人に交じって参加した国内大会のボルダリングの部で優勝を果たし、高校生になって出場した世界選手権のリードの部では3位に食い込んでみせた。

両手両足だけで壁を登る――シンプルながら決して容易ではない競技の力を伸ばした背景には父のサポートもあった。野口が中学生になったころ、父が自宅の牛舎の片隅に手づくりでクライミングジムを用意してくれた。「放課後にジムに通うのは難しいだろう」という父の優しさから生まれたプライベートジムは、野口の成長に合わせて改良が加えられていく。難易度が上がる壁と向き合ううちに、野口の進化も促されていった。

2018年6月に行われたクライミング・ワールドカップのボルダリング種目で優勝を果たした
2018年6月に行われたクライミング・ワールドカップのボルダリング種目で優勝を果たした2018年6月に行われたクライミング・ワールドカップのボルダリング種目で優勝を果たした

オリンピック同様に複合種目を競う大会で優勝

2020年の東京五輪時には31歳となる。野口が競技人気の向上に貢献し的たこともあり、後進には優秀なアスリートも台頭してきた。1997年生まれの野中生萌(みほ)や2002年生まれの伊藤ふたばなど、若手の躍進がめざましい。

ただし、20年もクライミングに取り組んできた野口自身は、この競技が年齢に左右されるほど単純ではないことを熟知している。自分がベテランだからといって、その蓄積に甘んじることもない。自らが所属する「TEAM au」の取材で、「年齢とか経験値とかはあまり意識していないんです。クライミングって力や強さだけでは勝てないし、一方で経験値があるからって勝てるわけでもない」と話している。

10歳の時から無我夢中で取り組んできた「壁登り」が、オリンピックという大舞台で行われる。東京五輪に向けた思いとクライミングに真摯に向き合う姿勢は、きっちりと結果に現れている。2018年2月に行われたボルダリングジャパンカップでは同大会11度目の優勝を果たし、その4カ月後に東京都八王子市で行われたクライミングW杯のボルダリング種目でも頂点に立った。同6月に岩手県で開催されたコンバインド・ジャパンカップでは初代女王に輝いている。東京五輪と同じくリード、ボルダリング、スピードの3種目を一人でこなす複合種目を競う大会での優勝は、2020年に向けて大きな手ごたえとなったはずだ。2018年9月にオーストリアで行われた世界選手権のボルダリングでは銀メダルを獲得した。

「私の場合はもう生活に欠かせないものになっていて、登っているのが当たり前」「課題を登り切れた時は気持ちいいなって思える」

壁を登ることは生きることの一部。壁を登り詰めることこそ至福。体内に染みついたその感覚に、野口の強さがある。

「私の場合はもう生活に欠かせないものになっていて、登っているのが当たり前」。クライミングは野口の生きがいと言っていい
「私の場合はもう生活に欠かせないものになっていて、登っているのが当たり前」。クライミングは野口の生きがいと言っていい「私の場合はもう生活に欠かせないものになっていて、登っているのが当たり前」。クライミングは野口の生きがいと言っていい

楽しめましたか?お友達にシェアしよう!