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バドミントン女子シングルス:奥原・山口選手の五輪対決&Wメダルに期待

山口茜選手(左)と奥原希望選手(右)

日本のバドミントン界は今、これまでにないほどの熱気を帯びている。国を挙げて強化に取り組み、コーチ陣の刷新、練習環境の整備・改善を進め、その成果がはっきりと現れ始めている。2016年リオデジャネイロ五輪で、奥原希望選手がシングルスで、日本女子初のメダルを獲得したことや、ダブルスで高橋礼華と松友美佐紀の“タカマツ”ペアが金メダルを獲得したことは、その証左と言えるだろう。バドミントンの世界勢力図が今、変わろうとしているのだ。バドミントンは高い戦略性が求められ、「力任せ」では勝てないスポーツとされている。世界と比べて体格の小さな日本人女子選手が、世界の壁を巧みに切り崩す姿に、多くのバドミントンファンが魅了されている。

リオで悲願のメダル獲得

バドミントンがオリンピック競技に加えられたのは、1992年バルセロナ五輪からだ。これまで7大会で行われてきたが、日本が初めてメダルを取ったのは、2012年ロンドン五輪の女子ダブルスで、藤井瑞希と垣岩令佳の“フジカキ”ペアの銀メダルだった。もちろん、シングルスは皆無でまったく歯が立たなかった。しかし、2016年リオデジャネイロ五輪はまったく違った。ダブルスで“タカマツ”ペアが金メダルを獲得しただけでなく、奥原希望が日本人初の銅メダルを獲得して、悲願を達成したのだ。準々決勝が山口茜と奥原希望の日本人対決になったことも、大きな話題となった。

山口茜選手
奥原希望選手

歴史を彩るレジェンドたち

1960〜1970年代、日本の女子選手は、当時、世界最高峰とされていた全英オープンで優勝するなど大活躍していた。国別対抗戦であるユーバー杯でも多くの優勝者を輩出している。

その中の一人が高木紀子だ。彼女はバドミントンがまだ公開競技だった1972年ミュンヘン五輪の女子シングルス金メダリスト。日本が初参加した1966年のユーバー杯(女子団体戦)に出場して優勝、その後の3連覇に貢献した。1972年の全英オープンシングルスで優勝しているので、ユーバー杯、オリンピック、全英オープンの「3冠」を達成したことになる。もう一人のレジェンドは湯木博恵だ。彼女は1969、1974、1975、1977年と4度の全英オープン女子シングルスで優勝。さらにユーバー杯(女子団体戦)で3回優勝している。2002年には国際バドミントン連盟の殿堂入りを果たした。

しかし、その後、日本のバドミントンは、低迷の一途を辿る。世界選手権やオリンピックなど国際大会で、中国やインドネシアなどの強豪国の厚い壁を破ることができなかった。歴史ある全英オープンでの日本人の優勝は、湯木博恵が最後に優勝した1977年から2016年に奥原希望が優勝するまで、約40年間も遠ざかっていたのだ。

インドネシアのバドミントン愛に隠された秘密

インドネシアはバドミントンで初のオリンピック金メダリストカップルを生み、男子ダブルスの伝統を持ち、世界で最も熱いファンに恵まれている。

圧倒的な強さを誇る中国を日本が脅かす存在に

過去7回のオリンピックでメダルを獲得しているのは、中国、インド、韓国、インドネシア、スペイン、オランダ、デンマークだ。その中で、圧倒的に強いのが中国。国家プログラムで選手を強化していることもあるが、下半身を鍛えて、コート内でのフットワークを上達させる「チャイナステップ」と呼ばれる練習方法の存在も知られている。リオデジャネイロ五輪ではメダルを逃したが、2000年シドニー五輪から2012年ロンドン五輪までの4大会で、毎回メダル2個を獲得するという無敵の強さを誇ってきた。

中国がバドミントン男子ダブルスでマレーシア破り金

フー・ハイフンとジャン・ナンのペアはリオ2016の男子ダブルス決勝でマレーシアのゴー・V・シェムとタン・ウィーキョンに劇的な勝利を収めた。

インドネシアはバドミントンが国技で、これまで国際大会で大きな存在感を示してきた。また、インドは2012年ロンドン五輪で、世界ランキング1位になったこともあるサイナ・ネワール選手が銅メダルを獲得。リオデジャネイロ五輪で銀メダルを獲得したシンドゥ・プルサラ選手が「美人選手」と注目を浴びたことなどから、国内でもバドミントン熱が高まっているという。

日本はオリンピックでのメダル争奪戦に、長らく加わることができなかった。しかし、ここ2大会では、女子ダブルス、シングルスで結果を残している。注目すべきは、1992年バルセロナ五輪男子ダブルス金メダリストで、現役引退後マレーシアやイギリスでもコーチを務めた経験を持つ韓国人の朴柱奉(パク・ジュボン)氏が日本代表のヘッドコーチに招聘され、選手たちの技術とマインドを大きく成長させたことだろう。ダブルスのみならず、シングルスでも悲願のメダル獲得を達成できたのは、朴柱奉ヘッドコーチの存在が非常に大きい。日本快進撃の最大の立役者かもしれない。

国内に最大のライバルがいる環境

世界バドミントン連盟(WBF)が2018年12月6日に発表した女子シングルスの世界ランキングによると、山口茜2位、奥原希望5位、高橋沙也加11位、大堀彩19位、佐藤冴香23位、三谷美菜津24位、川上紗恵奈35位、峰歩美38位、齋藤栞68位、髙橋明日香90位と、10選手が100位以内に入っている。

同時期の日本ランキングは、山口茜1位・奥原希望2位、高橋沙也加3位、大堀彩4位、佐藤冴香5位、三谷美菜津6位、峰歩美7位、川上紗恵奈8位、仁平菜月9位、齋藤栞10位となっている。

なお、2019年日本代表選手には、漆﨑真子、大堀彩、奥原希望、川上紗恵奈、髙橋明日香、髙橋沙也加、水井ひらり、三谷美菜津、峰歩美、山口茜の10選手が内定している(2018年12月11日に正式決定)。

東京五輪の出場選手は、2019年の代表選手から選抜されることが予想される。注目選手が山口茜と奥原希望の両選手であることに異論を挟む人はいないだろう。この2人は誰もが認める日本女子シングルスの希望の星であり、最高のライバル同士でもある。2016年リオデジャネイロ五輪女子シングル準々決勝は、奥原と山口の日本人直接対決となり、戦いを制した奥原が最終的に銅メダルを獲得した。オリンピックのみならず、大きな国際大会でも、奥原、山口の両選手はしのぎを削っている。

リオ五輪で、女子シングルスでは初となる銅メダルを獲得

最近では、2018年11月27日から12月2日かけて行われた全日本総合選手権の決勝でぶつかり、山口が2-1で戦いを制した。最も身近にいる存在が最大のライバルという状況が、ずっと続いているのだ。奥原、山口の二人がお互いを意識し合い、同時に切磋琢磨することが、日本のバドミントン女子シングルスをさらに強くするだろう。2020年東京五輪の決勝で、このカードが再現されることも十分にあり得る。ダブルメダルも夢ではないのだ。