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【プレイバック】サッカー・シドニー五輪:中村俊輔や高原直泰ら黄金世代はベスト8進出...中田英寿のPK失敗で夢潰える

フル代表監督のフィリップ・トルシエが兼任で指揮をとる

宮本恒靖や松田直樹、中田英寿や中村俊輔が23歳以下。日本サッカー界の「黄金世代」がチームの中心を担ったシドニー五輪では、大きな期待を寄せられた。事実、1968年のメキシコ五輪以来となる決勝トーナメント進出を果たしている。他国に目を向けてみると、優勝したカメルーンではサミュエル・エトオ、準優勝に終わったスペインではシャビやカルレス・プジョルなど、その後のサッカーシーンで主役級の注目を浴びる名手たちがオリンピックの祭典を盛り上げた。

チャンスメーカーとして活躍した中田英寿(右)だったが、アメリカ戦のPK戦ではゴールネットを揺らすことができなかった

ワールドユース準優勝のメンバーが中心を担う

GKに楢崎正剛、DFに宮本恒靖、松田直樹、中澤佑二、中田浩二、森岡隆三。MFには中田英寿、中村俊輔、稲本潤一、明神智和、本山雅志、酒井友之。FWには高原直泰、柳沢敦、平瀬智行。2000年シドニー五輪のサッカー男子日本代表には、当時のトップリーグのそうそうたるメンバーが名を連ねた。

指揮をとったのはフランス人のフィリップ・トルシエだ。1998年秋に日本代表の監督に就任し、並行してオリンピック代表も率いた。トルシエはU−20日本代表の監督も兼任し、1999年にナイジェリアで行われたワールドユース(現U−20ワールドカップ)で準優勝を成し遂げている。中田浩や稲本、本山や高原は日本サッカー史上初の快挙を果たした「黄金世代」で、そのままシドニー五輪を戦うU−23日本代表に繰り上がった。

楢崎、森岡、三浦淳寛(当時は淳宏)を24歳以上のオーバーエイジ枠で加えた日本代表は、南アフリカ、ブラジル、スロバキアと同組のグループDに組み込まれた。日程には恵まれた。サッカー王国ブラジルとの対戦は第3戦目で、最初の2試合で勝ち点を確実に積み上げればグループリーグを突破できる可能性が高まる。

アジア地区予選を総得点66点と失点3の12試合無敗で突破したチーム力を考えれば、南アフリカもスロバキアも、十分に勝てる相手だった。事実、日本代表はその2試合で2連勝を飾っている。

第1戦の南アフリカ戦は、31分に先制を許しながら、2−1で逆転勝利を収めた。2ゴールを決めたのは背番号17の高原。前半終了間際に中村のFKを頭で合わせると、78分には中田英のスルーパスを右足インサイドで丁寧に流し込んだ。

第2戦のスロバキア戦は、スコアレスで前半を折り返す。67分に三浦の左からのクロスを中田英がヘディングで決めて均衡を破ると、74分には高原のシュートのこぼれ球を稲本が蹴り込んだ。83分に1点を返されたものの、2-1で勝ち点3を積み上げ、決勝トーナメント進出をほぼ確定させた。

ワールドユース準優勝を経験している高原直泰は計4試合で3得点を挙げる働きを見せた

ブラジルと同じ勝ち点6で決勝トーナメントへ

グループリーグ第3戦のブラジル戦では主力2人を欠いた。DFの森岡とMFの中田英が前の2試合で2枚のイエローカードを提示され、累積警告で出場停止を強いられたためだ。20歳のロナウジーニョを軸とするブラジルは、第2戦で南アフリカに1−3で足をすくわれており、日本代表に負ければグループリーグ敗退の可能性もあった。

本気のブラジルに挑んだ日本は、0-1で黒星を喫している。開始5分に決められたゴールが決勝点となった。早々に失点を喫したものの、その後は冷静に対応し、最少失点での敗戦にとどめた。同日開催のもう一つの第3戦では、ブラジルを倒した南アフリカにスロバキアが2−1で勝利。日本代表はブラジルと同じ勝ち点6で、グループDの2位で決勝トーナメントに駒を進めた。

決勝トーナメント1回戦の相手はアメリカ。最終的に優勝と果たすカメルーンや、2000年のU−21欧州選手権で準優勝の成績を収めたチェコと同じグループCを首位で突破してきた。3試合で計6得点を挙げており、攻撃面の充実度が光った。

準々決勝となった一戦で先制点を奪ったのは日本だった。30分、中村の右足のクロスを柳沢が頭で合わせた。68分に一度は追いつかれたものの、直後の72分、中村のクロスからの流れで高原が決めて再度リードを奪った。ところが2-1で準決勝進出が決まったかと思われた90分、酒井が相手を倒して与えたPKを決められ同点に追いつかれてしまう。

延長戦でも決着がつかず、試合はPK戦に突入する。中村、稲本、森岡の3人がきっちり決めた。アメリカも全員が決めた後、4人目のキッカーとなった中田の狙い澄ましたシュートはポストをたたいてしまう。5人目の明神はゴールネットを揺らしたが、アメリカもシュートを沈め、日本代表はベスト8で大会を去ることになった。

2001年3月に行われたフランス戦のスタメンには、7人のシドニー五輪経験者が名を連ねた

スペインのシャビやイタリアのアンドレア・ピルロも出場

シドニー五輪には、やがて世界のサッカーをけん引する選手たちが出場している。

オリンピック初優勝を果たしたカメルーンが象徴的だ。9番をつけてエースストライカーの役割を果たしたのは、のちにバルセロナやインテル、チェルシーなどで躍動するサミュエル・エトオだった。PK戦の末にスペインを破った決勝戦では、1-2で迎えた後半途中に値千金の同点ゴールを決めている。キャプテンを務めたのは、その後、レアル・マドリードやチェルシーで活躍するジェレミだ。守備の要として優勝に貢献したローレン・エタメはアーセナルの主力を担った。

準決勝で競り合うガットゥーゾ(左)とプジョル(右)。ともにのちにW杯優勝を経験している

準優勝を果たしたスペインでゲームメーカーとして存在感を発揮したのはシャビだ。すでにバルセロナでトップチームデビューを果たしており、決勝戦の先制ゴールを含め、2得点を挙げる働きを披露している。シャビと同じくバルセロナの象徴的存在として活躍するDFのカルレス・プジョルや、2人とともに2010年のワールドカップ(以下W杯)優勝を経験するDFのジョアン・カプデビラとカルロス・マルチェナも銀メダリストとなっている。

スペインに準々決勝で0−1で敗れたイタリアには、アンドレア・ピルロ、ジャンルカ・ザンブロッタ、ジェンナロ・ガットゥーゾらがいた。それから6年後、ドイツで開催されたW杯で世界制覇を果たしたチームの中心を担う選手たちだ。グループリーグで敗退したチェコでは、のちにイタリアのミランで主力として活躍するマレク・ヤンクロフスキや、2004−2005シーズンにイングランドのリバプールの一員としてチャンピオンズリーグ制覇を経験するミラン・バロシュなどが主力を務めた。

シドニー五輪に限らず、基本的に23歳以下という年齢制限が設けられているオリンピックでは、次代のサッカーシーンを彩っていく有望株が数多くピッチに立つ。新時代を切り開こうと奮闘するヤングスターたちのプレーに胸を高鳴らせるのも、オリンピックならではの楽しみ方だ。