ブレークからスランプ、そして東京2020。その先で杉田祐一を待つものとは

2017年に28歳でATP(男子プロテニス協会)ツアー初優勝を果たし、一時は世界ランキングで松岡修造選手の記録を抜いた杉田祐一。「遅咲きの選手」として有名になった杉田は、錦織圭と並び2020年東京五輪に向けて活躍が期待されている選手の一人だ。昨年は不調に陥ったが、東京五輪に向け、持ち前のライジングショットを磨きながら力を蓄えている。

不調にあえぐ杉田祐一、東京五輪出場はあるのか
不調にあえぐ杉田祐一、東京五輪出場はあるのか不調にあえぐ杉田祐一、東京五輪出場はあるのか

パワフルなライジングショットが武器

杉田は1988年9月18日、宮城県仙台市生まれ。利き腕は右で、バックハンドは両手打ち。身長176センチ、体重69キロ。三菱電機所属。

杉田は湘南工科大学附属高校時代からライジングショットを得意としている。通常、相手の打球を打ち返すときはボールがバウンドしてから頂点に達し、再び下降するところを狙うが、ライジングショットは相手のボールがバウンドした直後から頂点に達するまでの間を狙う。勢いが残ったままの打球を打ち返すことで、より強いショットを放つことができ、相手のタイミングもかき乱すことができる。

一時はスランプに陥り引退も考えた時に、杉田は最大の武器であるライジングショットを見直した。テイクバックを浅くするなど、より打球を早く打ち返せるようフォームを改善し、それが転機になったという。

テニスのために仙台から柏に転居

杉田は7歳のころに母や姉から影響を受ける形でテニスを始めた。ほかのスポーツには目もくれなかった。小学校3年生のときに初めて試合に出場し、5年生で初めて東北地区代表として全国大会に出場した。

テニスの腕を上げるため、中学2年生のときに、姉とともに千葉県柏市に引っ越した。テニススクール「吉田記念テニス研修センター」(TTC)で練習に励んだ。ジュニア時代こそ目立った成績は残せなかったが、プロで生きていくために努力を重ね、2004年に全日本ジュニア16歳以下優勝。2005年にインターハイ優勝と全日本ジュニア18歳以下単複準優勝。2006年に全日本ジュニア18歳以下単複優勝など、杉田は快進撃を続けた。そして、湘南工大附属高校在学中の2006年に、三菱電機とプロ契約を結び、翌年、早稲田大学スポーツ科学部にトップアスリート入学試験で入学した。

松岡修造氏が現役時代に記録した最高位の46位を抜き、日本人歴代2位となった。
松岡修造氏が現役時代に記録した最高位の46位を抜き、日本人歴代2位となった。松岡修造氏が現役時代に記録した最高位の46位を抜き、日本人歴代2位となった。

2017年にATPツアー初優勝でブレーク

杉田は2016年に全豪オープン本戦に初出場。大会後の世界ランキングで83位になり、自身初のトップ100入りを果たした。

また、当初はリオデジャネイロ五輪の出場権がなかったものの、上位者の欠場が相次いだため繰り上がりで初出場。シングルス2回戦でジル・シモン(フランス)に敗れ、ベスト16進出を逃した。

国際大会の大舞台で経験を積んだ杉田は2017年にブレーク。ウィンブルドン選手権の前哨戦、アンタルヤ・オープンで、杉田は元世界ランキング上位者を次々となぎ倒し、ATPツアー初優勝。同大会の初代王者に輝いた。28歳でのツアー初優勝だったため、「遅咲き選手」と報道され大きな話題となった。大会後の世界ランキングは44位。松岡修造氏が現役時代に記録した最高位の46位を抜き、日本人歴代2位となった。

2017年は最終的に自己ベストの36位を記録。日本テニス協会の最優秀選手賞を受賞した。その年の全仏オープンから2018年USオープンまで、グランドスラムは7大会連続の本戦出場を果たした。2018年は不調に陥り、シーズン終盤はチャレンジャー大会でのプレーを余儀なくされた。世界ランキングは2019年5月時点で182位、国内ランキングは6位となっている。


2019年シーズン全豪オープン予選敗退、その後の予定はキャンセル

2018年の全豪オープンでは本戦からの出場で2回戦進出を果たした杉田は、その翌年の同大会では予選(チャレンジャー大会)から出場。初戦でロレンツォ・ジュスティーノ(イタリア)をフルセットで破ったものの、翌10日に行われたロレンツォ・ソネゴ(イタリア)との試合に敗れ、予選敗退で終わった。

この結果を受けて杉田はツイッターを通じて「今一度、徹底的に鍛え直すため全豪オープン後の大会はすべてキャンセルしました」とコメント。また、「最高のチームと共にもう一度世界のトップを目指していきます!!」と意気込んだ。

2018年は不振に陥ってしまった杉田。東京五輪出場のため、2019年は勝負の年になる
2018年は不振に陥ってしまった杉田。東京五輪出場のため、2019年は勝負の年になる2018年は不振に陥ってしまった杉田。東京五輪出場のため、2019年は勝負の年になる

ライバルは同い年の伊藤竜馬

杉田のライバルといえば同い年の伊藤竜馬だ。伊藤は杉田同様、高校在学中の2006年にプロ転向した。両者はジュニア時代から2012年度まで16度対戦し、8勝8敗と互角。練習をともにする機会も多く、お互いの考えていることは言葉にしなくても理解できるような関係だという。

しかし、伊藤は2012年ロンドン五輪に出場し、杉田は先を越されてしまったような気持ちだった。そんな2人が激突したのが2012年、ニッケ全日本テニス選手権の男子シングルスだった。杉田にとってはどうしても伊藤に勝ちたかった試合。序盤に伊藤のプレーの硬さを突き、攻撃的な姿勢を貫いた杉田がストレートで伊藤を破り優勝。ライバルとしての意地を見せつけた。

世界ランキングUPが喫緊の課題

2017年に大きな飛躍を遂げた杉田。2020年の東京五輪への出場を果たすためには、2018年のスランプで落としてしまった世界ランキングを上げていくことが重要だ。前回のリオデジャネイロ五輪は繰り上げでの出場だった。2019年は杉田の底力が試される1年となるだろう。

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