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レスリング女子50キロ級は世界最高峰の代表争い|現役大学生の須崎優衣が2人の女王、登坂絵莉と入江ゆきを下す【代表内定物語】

一度は競技引退も脳裏をよぎった須崎優衣

文: オリンピックチャンネル編集部 ·
三つ巴の争いを繰り広げた選手たち。左から入江ゆき、須崎優衣、登坂絵莉

日本の“お家芸”とされるレスリングは、国内代表の座を確保するのが極めて困難な競技の一つに挙げられる。東京五輪代表枠をめぐっては、女子50キロ級で須崎優衣(すさき・ゆい)、登坂絵莉(とうさか・えり)、入江ゆきが三つ巴の争いを繰り広げ、接戦を制した須崎が東京五輪アジア予選への出場切符を手にした。

2019年7月のプレーオフでは入江(手前)が須崎(奥)を破り、悲願の世界選手権初出場を決めた

世界女王の須崎優衣が負傷中、入江ゆきが存在感を増す

たった一つしかない代表の座をめぐって、レスリング女子最軽量の50キロ級は3人の女王が激突した。

1993年生まれの登坂絵莉(とうさか・えり)は、レスリングの名門として知られる至学館高校、同大学を経て東新住建に入社して1年目の2016年、リオデジャネイロ五輪の女子48キロ級で金メダルを獲得している。同大会以降は左ひざのケガに苦しみ、長いブランクをつくったが、2018年に本格復帰を果たすと、かつてオリンピックで3連覇を達成した吉田沙保里の後継者となるべく、オリンピック連覇を目指してきた。

登坂より1歳上で1992年生まれの入江ゆきは、2019年のアジア選手権女王だ。50キロ級で頂点に立った。福岡県で生まれ育ち、小学2年生の時に近所に発足した北九州レスリングクラブで本格的に競技を始めた。九州共立大学を卒業後は自衛隊に入隊。埼玉県を拠点とする自衛隊体育学校の所属となった。リオデジャネイロ五輪では登坂との代表争いで苦杯をなめたが、東京五輪をめざして競技を続行した。

須崎優衣(すさき・ゆい)は1999年生まれと3人のなかで最も若い。安部学院高校3年次の2017年、伊調馨以来となる18歳での世界選手権優勝を果たす。早稲田大学に進学した翌年にも連覇を成し遂げ、50キロ級の最有力候補として名乗りを上げた。須崎は公益財団法人日本オリンピック委員会が、国際舞台で活躍できる選手を育成するために運用しているJOCエリートアカデミーの修了生で、現在は早稲田大でトレーニングに励む。

初めに最も東京五輪の切符に近づいたのは、入江だった。東京五輪代表になるためには、2019年の世界選手権でメダルを獲得することが最短ルート。須崎が2018年の世界選手権優勝の後、左ひじの脱臼とじん帯断裂という大ケガに見舞われた間に存在感を増した入江は、2018年の全日本選手権を制し、翌2019年のアジア選手権でも優勝。2019年の全日本選抜選手権では須崎に敗れたものの、2年連続同カードとなった須崎との世界選手権代表決定プレーオフに6−1で勝利し、悲願の世界選手権初出場を決めた。

登坂(左)と入江(右)は2018年6月の全日本選抜選手権で対戦。準決勝の激戦を制したのは入江だった

入江ゆきがまさかの敗退で代表争いは白紙に

前年の世界女王を破っての代表権獲得。東京五輪への出場権は入江が手中に収めたも同然と見られていた。代表権を逃した須崎は、この時点で泣き崩れたほどだ。

ところが入江は世界選手権でまさかの3回戦敗退。オリンピックの切符どころか、日本の出場枠さえ確保できず、東京五輪代表争いは白紙に戻った。次の出場権獲得条件は、同年末の全日本選手権を制して日本代表となり、アジア五輪予選を勝ち抜くこと。3人は全日本選手権で再び火花を散らすこととなった。

2019年12月19日から22日にかけて東京・駒沢体育館で行われた全日本選手権。入江が第1シード、須崎が第2シード、登坂が第3シードに入った。

まずは準決勝で須崎と登坂が激突した。試合序盤は登坂が須崎の動きを封じ込め、優位な展開に持ち込もうとした。しかし、接近戦を回避した須崎が離れた位置から鮮やかなタックルを仕掛け、リードを奪う。反撃に出たい登坂は何度もタックルを繰り出したものの、逆にカウンターを浴びて点差を広げられ、終わってみれば0-6と完敗。登坂はこれでオリンピック連覇の夢が完全に消滅し、「実力差があった」と言葉を振り絞った。

勝利した須崎は、プレーオフのリベンジをかけ、入江との決勝戦に臨んだ。9度目となる両者の対戦。過去の成績では5勝3敗で須崎がリードしていたが、東京五輪行きのプレッシャーもかかってか、なかなか技を繰り出せない。しかし、重圧を感じていたのは入江も同じ。ジリジリとした試合展開のまま6分間が過ぎていった。結局、相手が消極的として得られるポイントのみで2-1の決着。攻めの姿勢で上回った須崎が、わずか1ポイント、しかし天と地を分ける大きな1ポイントの差で勝利した。

登坂(左端)と須崎(右端)は2019年に2度対戦。いずれも須崎が勝利を収めている

「0.01%」を信じた須崎優衣が東京五輪アジア予選へ

須崎は2019年7月のプレーオフで入江に敗れた際、一度は競技引退も脳裏をよぎったという。2013年に東京五輪開催が決まった時から、自国開催の五輪での金メダルを目標に掲げてきたからだ。しかし、日本レスリング協会の吉村祥子コーチから「0.01%でも可能性があるなら頑張ろう」と励まされ、2日間だけ練習を休み、マットの上に戻ってきた。最後まで諦めない姿勢が実を結び、夢へのスタートラインに立った。

当初、東京五輪アジア予選は2020年の春に開催予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大による東京五輪の延期を受け、同予選も来春に延期となった。ここで2位以内に入れば、晴れて東京五輪代表に内定する。須崎は緊急事態宣言下における外出自粛期間中、千葉県松戸市の実家に戻り、早稲田大レスリング部の先輩でもある4歳上の姉、麻衣さんのサポートを受けながら基礎トレーニングに励んできた。7月上旬から再開されたNTC(味の素ナショナルトレーニングセンター)での日本代表合宿でも軽快な動きを見せ、調子の良さをうかがわせている。

崖っぷちから這い上がり、自らの力で手にした挑戦権。世界トップレベルの争いを繰り広げ、悔し涙を飲んだ入江と登坂というライバルの思いも背負って、須崎は東京での頂点をめざす。