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中山雄太:「完璧主義者」のレフティーは、新天地のオランダで新たな強みを身につけ、東京五輪サッカーでの躍動を期す

試合を組み立てられるディフェンスリーダーとして成長

日本サッカー界における「東京五輪世代」でリーダーの役割を期待されているのが中山雄太だ。実際、東京五輪でのメダルをめざすチームにおいてキャプテンマークを巻いている。柏レイソルのJ2降格に伴い、オランダという厳しい環境にあえて身を投じたヤングスターは、「一流のサッカー選手になりたい」という夢を現在進行形で追っている。

柏にはU−15から所属。トップチームではAFCチャンピオンズリーグの大舞台も経験している

柏レイソルのJ2降格に伴い、オランダへ渡る

中山雄太は2019年が幕を開けるとすぐに、海を越えた。それまで所属していた柏レイソルに別れを告げて、新天地に選んだのはオランダだ。エールディヴィジと呼ばれる1部リーグの「ズヴォレ」と3年半の契約を結んだ。

中山の加入直前、ズヴォレは2018−2019シーズン前半戦終了時点で16位に低迷していた。17試合の総失点は30に達しており、中山の守備力に期待が寄せられたのは間違いない。丁寧なパスさばきで攻撃を構築できる能力も評価されていたはずだ。ズヴォレのテクニカルディレクターは「中山はセンターバックとしてもセンターミッドフィルダーとしてもプレーできる」と太鼓判を押した。

ズヴォレは2018年12月には監督交代も敢行している。元オランダ代表DFのヤープ・スタムを新監督として招き入れた。選手時代はマンチェスター・ユナイテッドやミランといった名門クラブを渡り歩いたオランダサッカー界のレジェンドだ。中山は現地メディアに対して「監督自身、現役時代は守備で活躍していたので、僕もそこから学びたい。攻撃の部分では、監督を驚かせるようなプレーをしていきたい」と意気込みを見せた。

ただし、シーズン途中に加入して約2カ月、中山は本領を最大限に発揮できてはいない。加入後は8試合出場機会なし。3月31日のエメン戦で終盤に途中出場を果たしリーグデビューを飾り、4月6日のフォルトゥナ・シッタルト戦でも後半途中からピッチに立った。それでも、かつて「世界最高のDF」と称された監督から大きな信頼を寄せられているとはまだ言い難い。

ズヴォレのヤープ・スタム監督は現役時代は屈強なDFとして名を馳せた。中山は「攻撃の部分では、監督を驚かせるようなプレーをしていきたい」と話した

中学時代に育成力に長ける柏からスカウト

1997年2月16日に茨城県龍ケ崎市に生まれた。2019年2月に22歳になったばかりの、「東京五輪世代」の一人だ。

サッカーを始めたのは小学1年生の時。兄の影響を受け北文間スポーツ少年団でボールを蹴り出した。両親ともに教師の家庭で育ち、小学生時代はサッカーと並行して6年間ピアノを習っていた。

学級委員や体育祭の団長、校内合唱コンクールの指揮者などリーダーシップを発揮した愛宕中学校時代に、サッカー選手として大きなチャンスを引き寄せている。中学2年生の時、県内の優秀な選手が集まる茨城県トレセンに選出された。その活動のなかで柏レイソルU−15と練習機会を行う機会に恵まれると、中山少年のプレーはJクラブ下部組織の指導者たちの視線をくぎづけにする。柏のコーチ陣は、中盤の低い位置、いわゆるボランチで的確な判断とプレーを続ける左利きの少年の獲得を即座に決めた。

その試合後、「うちに来てやってみないか?」と誘われた中山は、中学3年に進級するタイミングで柏のU−15に加入する。柏の下部組織は育成力に定評がある。日本代表歴を持つDFの酒井宏樹や山中亮輔、GKの中村航輔、2015年からドイツのハンブルガーSVでプレーするMFの伊藤達哉らもこのアカデミーで才能を伸ばした。

サッカーへの本気度を増した中山少年は、中学の卒業文集に「サッカーもできて私生活も良い、一流のサッカー選手になりたい」と夢を記した。

2017年のU-20W杯ではキャプテンを務めた/AFP=時事

U-20ワールドカップではキャプテンを務める

柏のU-18に昇格すると、ボランチからセンターバックへと本格転向する。他にも複数のポジションを経験しながら、最終ラインからしっかりと組み立て、同時に的確な状況判断で相手の攻撃を防ぐDFとしての能力を伸ばしていった。高校2年次、16歳の時の2013年7月には2種登録選手としてトップチームのメンバーにも名を連ねた。

ポジション変更と並行して世代別代表にも選ばれている。2013年にはU−16日本代表に選出。その後はU-17、U-18の日本代表にも招集され、世界を相手に、DFとして、そしてリーダーとして成長を続けていく。2015年には柏のトップチームに昇格し、同年5月と8月にはアジアのクラブ王者を決めるAFCチャンピオンズリーグの舞台も経験した。

プロ2年目となった2016年には柏でセンターバックの定位置を確保し、同時にU-19日本代表でも躍動する。2017年にはU-20日本代表の一員としてU-20ワールドカップ(以下W杯)にも出場した。「東京五輪世代」のDF冨安健洋、DF板倉滉(こう)、MF三好康児、MF堂安律、FW久保健英らとともに大舞台に挑んだ。

グループDでは南アフリカに2−1、ウルグアイに0−2、イタリアに2−2の1勝1分け1敗の3位。全6グループの3位の成績上位4チームに入り決勝トーナメントに進出する。しかし、延長戦までもつれ込んだベネズエラとの試合に0-1で敗れ、1回戦で大会を去ることになった。それでも、第2戦からキャプテンマークを巻いた中山は全4試合に出場し、一定の手応えと伸びしろを実感している。メディアに対して「試合を重ねるなかで自分の成長もそうですし、課題も見えてきました」と話した。

2018年シーズンに、所属する柏のJ2降格が決定。このタイミングで海外移籍を決意したのは、中学時代の卒業文集に記した「一流のサッカー選手になりたい」という夢を叶えるためでもあったのだろう。オランダ移籍直後の2019年3月には、アジアサッカー連盟によるU-23選手権タイ2020予選のメンバーに選出されている。その先につながる東京五輪で活躍し、さらに高い舞台で戦うには、オランダでの成長が不可欠だ。

中盤も最終ラインもこなす展開力と守備力と、少年時代から発揮してきたリーダーシップを持ち味に海を渡った。ある取材で「完璧主義者だから、足りない部分を補おうとする」と自己分析したレフティーは、まだポジションが保証されていないオランダで奮闘しながら新たな強みを身につけ、2020年東京五輪を含む世界大会での躍動をめざす。

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