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丹羽孝希:東京五輪を静かに見据える、寡黙な戦士の燃える闘志

中国選手との対戦機会も得られることからTリーグに参加した丹羽孝希。チームは最下位となったが、日本人3番手の戦績を残した

国内外のトップ選手たちが集う日本の卓球リーグ「Tリーグ」。そのなかでも中心的選手のひとりとされるのが丹羽孝希だ。琉球アスティーダのエースである彼は、破竹の勢いを見せた。12月に行われたライバルT.T彩たま(ティーティーサイタマ)との試合では、得意のフォアで粘り、シングルス10連勝を挙げるなど、チームの原動力として存在感を示してみせた。

2019年4月現在の世界ランキングは8位。張本智和とともにベスト10入りを果たした。いうまでもなく、日本卓球界を牽引する選手のひとりだが、彼のプレースタイルは少し変わっているかもしれない。いつも冷静なのだ。大きなガッツポーズや声をあげ、ポイントを勝ち取った喜びを表現する選手が多いなか、彼は静かに淡々と闘志を燃やしている。

やんちゃ少年が冷静沈着な卓球プレーヤーに

丹羽孝希は、1994年10月10日、北海道苫小牧市に生まれた。冷静沈着なイメージが定着している丹羽だが、幼少期はやんちゃな子どもだったそうだ。卓球選手の父の影響で、7歳から卓球を始める。小学校低学年から全国でトップクラスの選手として活躍するようになり、その後、青森山田中学高等学校に進学。在学中、日本男子史上最年少14歳6ヶ月で2009年の世界選手権に出場を果たした。中学二年生ながら、初めて世界を相手に戦った丹羽は、予選を勝ち抜き、本戦でも1勝する奮闘ぶりを見せた。

また、2010年8月にシンガポールで開催されたユース五輪でシングルスと混合団体で優勝するなど国際大会でも活躍する一方で、高校に進学した丹羽は2010年、2011年と全国高校総合体育大会(インターハイ)のシングルスで2連覇を果たしている。そして、2011年の全日本選手権では、松平健太とペアを組んだ男子ダブルスで優勝。2013年の同大会で、絶対王者の水谷隼を大逆転で振り切り、シングルスで初優勝、松平とペアを組んだダブルスで2度目の優勝を果たした。

もちろん、メディアはこの活躍を見逃さず、さまざまなところで「天才卓球少年」「男子版の福原愛の登場」など、丹羽はもてはやされるようになった。ところが、本人はいたって冷静。幼い頃にやんちゃだった卓球少年は、試合で勝利を重ねるごとに、冷静に俯瞰で自分を見るようになっていたのだ。そうして、静かなる闘志を燃やすひとりの卓球選手に成長していった。

数々のタイトルを獲得しエースに成長

「天才卓球少年」と呼ばれた丹羽は、文字通りの活躍を続けていく。17歳で出場した2011年第9回世界ジュニア選手権の男子シングルスで優勝。ダブルスでペアを組む松平健太以来の日本人2人目のチャンピオンとなった。翌2012年世界卓球選手権は団体戦で銅メダルを獲得。同年のロンドン五輪に日本代表として初出場を果たす。

高校卒業後、明治大学に進学した丹羽は卓球部に所属。世界レベルで戦う選手になるために、大学に通いながら、海外リーグに挑戦する道を選んだ。大学卒業後の2017年4月にプロに転向。プロとしてはじめて挑戦した2017年の世界卓球選手権では、男子ダブルスで銅メダルを獲得。シングルスでは、当時世界ランキング第5位だったオフチャロフと激闘の末、ベスト8入りを果たした。

スピードを武器に世界と戦う

順調にキャリアを重ねているかのように見える丹羽。しかし、天才卓球少年の唯一のネックと言われてきたのが、162cmという丹羽の身長だ。海外にはパワーを効かせたドライブやスマッシュで活躍している選手も少なくない。そう考えると、世界を相手にする上で、丹羽の体型は恵まれているとは言えないだろう。絶対王者として君臨する中国のトップ選手たちは、ほとんどが身長180cmに近い。

そんな小柄な丹羽が生み出した持ち味は、卓球台から離れずに早いテンポで攻めるプレースタイル。持ち前の反射神経を活かして相手のコースを読み、速攻で攻める。相手の意表をつき、世界最速とも名高い打球点の早さで得意技を繰り出すのだ。スピードを武器に超攻撃的なスタイルで世界を相手に堂々と戦う。丹羽は身長差を克服している。

リオデジャネイロ五輪の悔しさは東京で

2016年、卓球男子史上初めてとなる団体での銀メダルを日本が獲得したリオデジャネイロ五輪。多くのスポーツファンが日本卓球男子の活躍に胸を躍らせたはずだ。ところが、丹羽は銀メダルを獲得したとき、思ったよりも嬉しくなかったのだという。

丹羽(中央)は、水谷隼(左)、吉村真晴(右)とのチームでリオ五輪団体銀メダルを獲得

丹羽にとっては2度目のオリンピックとなったリオデジャネイロ。丹男子シングルスは準々決勝でロンドン五輪金メダリスト、中国の張継科に逆転負けを喫し、ベスト8に終わる。そうして臨んだ団体戦。準決勝に進出した日本は、ライバルのドイツを下し、決勝で絶対王者の中国に挑戦することになった。勝ちに行こうと臨んだ試合。結果は3-1での敗北だった。丹羽は第一試合に出場し、馬龍とのシングルス戦を0-3と力負け、続く第3試合の吉村真晴と組んだダブルス戦も張継科・許昕ペアに1-3と敗戦を喫した。

準決勝でドイツを制した時点で、日本は銀メダル以上が確定していた。金メダルは逃したものの、卓球男子史上初の銀メダルは、日本にとっては喜ばしいニュースだった。国を挙げて計画的に選手強化に取り組んできた成果の瞬間でもあった。しかし、丹羽孝希はこの結果に満足していなかった。メダルを取れたことは嬉しかったが、シングルスで三連敗を喫していたことで、素直に喜べなかったのかもしれない。「メダルを取らせてもらったという感覚が強かった」と、後日のインタビューで答えている丹羽の思いは、きっと東京五輪につながるはずだ。

第52回全日本社会人卓球選手権の男子シングルスで優勝を果たした。2019年3月に2018-2019シーズンが閉幕したTリーグでは、チームは違反行為のペナルティもあり最下位に終わったが、個人では張本智和、水谷隼に次ぐ、日本人3番手(4位)につけている。アジアカップでは、男子シングル3位決定戦で張本智和の負傷があったものの、見事に勝利してみせた。4月下旬の『2019世界卓球選手権大会ブダペスト大会』でも日本代表のひとりとして上位入りを狙う。

ガッツポーズを東京五輪で

丹羽はすでに2020年東京五輪を見据えている。Tリーグへの参加を決めたのも、その理由のひとつだろう。試合方式や使用ボールも違うワールドツアーとTリーグの両立を図る丹羽。世界ランキングに影響のないワールドツアーは、実践をする場として捉え、Tリーグは中国人選手と試合ができることに魅力を感じて選んだという。すべては結果を残すために。今、彼の頭にある明確な目標は「東京五輪」なのだ。

最近、丹羽が試合中にガッツポーズを見せるようになったと、ファンやスポーツ記者たちの間で話題になっている。ただ、彼のガッツポーズは、張本選手や水谷選手のように勢いのいいものではなく、ちょっぴり控えめだ。握りこぶしは腰や胸のあたりまでしか上がらないことがほとんどだ。試合中に数回しかみられないという、この貴重なガッツポーズは、集中したときや勝利を確信したときに見られるという。

近年、感情が表に出るようになってきた丹羽孝希のガッツポーズ

喜怒哀楽は表に出さないポーカーフェイスで、冷静沈着が信条だった丹羽に生まれた変化が意味するものは何なのか。東京五輪でメダルを獲得した瞬間に丹羽が見せるガッツポーズはどんなものになるのだろうか。日本中の卓球ファンが、その姿を心待ちにしている。