伊藤達哉:サッカー東京五輪世代の切り札は、Jリーグ未経験でドイツへ引き抜かれた異色のドリブラー

特例措置により高校3年の夏に卒業しドイツへ

2018年9月、サッカー日本代表に初招集された伊藤達哉は、Jリーグでのプレー経験がない。柏レイソルU−18からトップチームを経由せずにドイツへ渡ったという異色のキャリアを持つ。早くからヨーロッパの舞台で鍛錬を重ねる若きドリブラーは、東京五輪での活躍が期待される。

身長は163センチ。スピードあふれるドリブル突破を持ち味とする
身長は163センチ。スピードあふれるドリブル突破を持ち味とする身長は163センチ。スピードあふれるドリブル突破を持ち味とする

Jリーグ未経験でドイツへ移籍

サッカーの強豪国ドイツで奮闘している若武者がいる。2019年6月26日に22歳の誕生日を迎える伊藤達哉だ。小柄なアタッカーは異色の経歴を持つ。国際移籍が可能となる18歳になった直後の2015年7月に、柏レイソルU−18からドイツの古豪ハンブルガーSVへ移籍した。

Jリーグでのプレー経験がないまま海外のクラブから評価を得るきっかけとなったのは、2014年4月にUAEで開催されたアル・アインインターナショナルジュニアチャンピオンシップという大会に出場したことだった。伊藤はハンブルガーSV戦でマン・オブ・ザ・マッチに選ばれる活躍を見せるなど、柏U−18の準優勝に貢献した。自身は大会MVPに選ばれている。

そこでのプレーを見たハンブルガーSV側が伊藤にひと目ぼれした。もともと海外志向を強く持っていた伊藤は、ハンブルガーSVからのオファーに躊躇することはなかった。高校3年の夏、当時通っていた日本体育大学柏高等学校が早期卒業の特例措置を提案して後押ししたこともあり、本来の卒業時期を待たずして海外移籍が実現した。

2015年、小学4年生から所属していた柏のアカデミーを離れ、ドイツに渡った後はハンブルガーSVのU−19チームに所属し、フィジカル面を中心に鍛錬を重ねた。その後、U−23チームへとステップアップし、2017−2018シーズンに念願のトップチームデビューを果たす。シーズン終盤には主軸に定着し、ヨーロッパ4大リーグの一つと言われるブンデスリーガで厳しい残留争を経験した。結局、チームはクラブ史上初の2部降格を喫したものの、2018−19シーズンの現在は背番号を43番から11番に替え、1年での1部復帰をめざしてチームメイトの元日本代表DF酒井高徳とともに異国の地での挑戦を続けている。

ハンブルガーSVでは、元日本代表の酒井高徳(左)とともにプレーする。2018−19シーズン、背番号は43から11に昇格した
ハンブルガーSVでは、元日本代表の酒井高徳(左)とともにプレーする。2018−19シーズン、背番号は43から11に昇格したハンブルガーSVでは、元日本代表の酒井高徳(左)とともにプレーする。2018−19シーズン、背番号は43から11に昇格した

8カ月の離脱、苦難を乗り越えた強さ

身長163センチと小柄な伊藤の真骨頂は、切れ味鋭いドリブルだ。持ち味のスピードを生かして屈強で大柄な外国人選手たちを面白いように抜き去り、ハンブルガーSVの本拠地フォルクスパルクシュタディオンを沸かせる。ドイツの名門バイエルンでプレーするフランク・リベリーやアリエン・ロッベンといった稀代のドリブラーにも引けを取らない。彼らはいずれも、得点やアシストという「結果」に強いこだわりを持っている。伊藤が理想とする選手像だ。

ハンブルガーSVのトップチームで陽の目を見るまでに、伊藤はある苦難に見舞われている。ドイツへ渡った後、2カ月も経たないうちに原因不明のひざの痛みに襲われ、8カ月近くも戦線離脱を余儀なくされたのだ。2016年1月には内視鏡を入れた検査も行い、結局、このシーズンでピッチに立ったのは2部リーグ最終節の数分間のみにとどまっている。

離脱中は精神的につらい時期を過ごすこととなったが、伊藤は決して時間を無駄にはしなかった。ドイツ語の勉強を1日5時間ほど徹底的に行い、ピッチ外でストレスなく生活できるレベルまでに上達した。語学力はのちにチームメイトとコミュニケーションをとるうえで大きな武器となった。

U−23チームに昇格した翌2016−2017シーズンは、監督の意向もあり、試合に絡めない日々が続いた。その時期、伊藤は監督と何度も直談判をし、試合に出場したい意志を伝え続けた。猛烈なアピールが奏功したのか、シーズン終盤は出場機会を獲得。チームの中心となり、トップチーム昇格への道を自らの力で切り開いていった。

故障でプレーできない際にドイツ語の勉強に励んだ。コミュニケーション能力はファンとの交流にも生きる
故障でプレーできない際にドイツ語の勉強に励んだ。コミュニケーション能力はファンとの交流にも生きる故障でプレーできない際にドイツ語の勉強に励んだ。コミュニケーション能力はファンとの交流にも生きる

日本代表にアクセントをもたらせる存在

2018年9月、森保一監督が率いる日本代表の初陣となったキリンチャレンジカップ2018で、伊藤は待望の日本代表初入りを果たした。しかし、北海道胆振東部地震発生のためにチリ戦が中止となり、コスタリカ戦1試合のみの開催となってしまった影響もあって、伊藤は攻撃陣でただ一人、出場の機会をつかめなかった。海外組が直面するコンディションや時差ぼけの調整にも苦労し、本領を発揮できないままのほろ苦い代表招集となった。

この時に課題となったのは日本人選手との連係だ。18歳の若さで国外に出た伊藤は、さまざまなタイプの日本人選手とプレーした経験が少ない。ましてや代表チームは短期間の活動のなかで互いの特徴や考え方を把握しなければならない難しさもある。カウンターのようにゴールに直結する動きを繰り返すドイツと、ボールを大事に保持する日本のサッカーはスタイルが異なる。ただし、その違いに適応することができれば、伊藤の武器であるドリブルは日本代表にとって理想的なアクセントになる。

伊藤は将来的にイングランドのプレミアリーグやイタリアのセリエAへの挑戦意欲を口にしている。ワールドカップ(以下W杯)やチャンピオンズリーグも目標の一つ。もちろん、迫る2020年の東京五輪もめざす舞台だ。

海外組であるがゆえに、年代別代表の活動に参加するにはクラブからの協力がなかなか得られないという不利な点もある。だが、東京五輪代表はA代表と兼任の森保監督が采配を振る。指揮官の求めるプレーを体現することができれば、W杯もオリンピックも、夢見る場所への道は開けるはずだ。

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