注目記事 | 競泳

入江陵介:挫折を乗り越え、自国開催の東京オリンピックでメダル獲得を狙う

東京オリンピック1000日前カウントダウンイベントに参加する入江陵介

挫折を乗り越え、日本競泳界のけん引役に

2012年のロンドン五輪では、200メートル背泳ぎと4×100メートルメドレーリレーで銀、100メートル背泳ぎで銅と、合計3つのメダルを獲得。しかし、4年後のリオデジャネイロ五輪でのメダル獲得はならず。

2020年の東京五輪では30歳。「 “日本競泳界のエース”と呼ばれた男も、いよいよ世代交代の波にさらわれるのか」。そうした周囲の声を払しょくするかのように、2018年4月に行われた日本選手権では、100メートル背泳ぎと200メートル背泳ぎで優勝。8月に東京で行われたパンパシフィック水泳選手権大会でも、同2種目で銀メダルを獲得した。主要国際大会で4年ぶりの表彰台に立った入江陵介は、自国開催の東京オリンピックを見据える。

パンパシフィック水泳選手権2018 200m背泳ぎで銀メダルを獲得

高校時代に頭角、ロンドン五輪で栄光をつかむ

0歳から水泳を始めたという入江が、自身の種目を背泳ぎ一本に絞ったのは中学のときだ。近畿大学附属高等学校に進学すると、すぐさま頭角を現す。2006年、高校1年生で参加した日本選手権の200メートル背泳ぎで、高校新記録を樹立し、同年のパンパシフィック選手権で、日本代表に抜擢された。その後も、たびたび国際大会に出場し、200メートルと100メートルの高校記録をさらに更新。そして、2008年1月に200メートルで日本新記録を達成した。

同年4月、北京五輪の選考会を兼ねた日本選手権が行われる。100メートルは3位に終わり、代表入りは逃したものの、得意の200メートルで1位となり、オリンピック初出場を決めた。同大会ではメダル獲得も期待されたが、ライアン・ロクテ、アーロン・ピアソル(ともに米国)ら、世界トップのスイマーに力の差を見せつけられて5位。周囲の落胆も糧に、入江はさらなる飛躍を誓った。

北京五輪の翌年、イタリア・ローマで開催された世界水泳選手権に出場した入江は、100メートルが4位でメダルを逃すも、200メートルではロクテを抑え、ピアソルに次いでの銀メダルを獲得した。これがオリンピック、世界水泳選手権を通じ、入江にとって初めての表彰台となった。

2011年に中国・深センで行われたユニバーシアードでは、50メートル、200メートル、4×100メートルメドレーリレーの3冠を達成。オリンピック代表選考となる2012年の日本選手権では、100メートルと200メートルで優勝。そして迎えたロンドン五輪では、100メートルで銅メダル、200メートル、4×100メートルメドレーリレーで銀メダルを獲得した。

高校時代に頭角、ロンドン五輪で栄光をつかむ

0歳から水泳を始めたという入江が、自身の種目を背泳ぎ一本に絞ったのは中学のときだ。近畿大学附属高等学校に進学すると、すぐさま頭角を現す。2006年、高校1年生で参加した日本選手権の200メートル背泳ぎで、高校新記録を樹立し、同年のパンパシフィック選手権で、日本代表に抜擢された。その後も、たびたび国際大会に出場し、200メートルと100メートルの高校記録をさらに更新。そして、2008年1月に200メートルで日本新記録を達成した。

同年4月、北京五輪の選考会を兼ねた日本選手権が行われる。100メートルは3位に終わり、代表入りは逃したものの、得意の200メートルで1位となり、オリンピック初出場を決めた。同大会ではメダル獲得も期待されたが、ライアン・ロクテ、アーロン・ピアソル(ともに米国)ら、世界トップのスイマーに力の差を見せつけられて5位。周囲の落胆も糧に、入江はさらなる飛躍を誓った。

北京五輪の翌年、イタリア・ローマで開催された世界水泳選手権に出場した入江は、100メートルが4位でメダルを逃すも、200メートルではロクテを抑え、ピアソルに次いでの銀メダルを獲得した。これがオリンピック、世界水泳選手権を通じ、入江にとって初めての表彰台となった。

2011年に中国・深センで行われたユニバーシアードでは、50メートル、200メートル、4×100メートルメドレーリレーの3冠を達成。オリンピック代表選考となる2012年の日本選手権では、100メートルと200メートルで優勝。そして迎えたロンドン五輪では、100メートルで銅メダル、200メートル、4×100メートルメドレーリレーで銀メダルを獲得した。

ロンドン五輪で3個のメダルを獲得

リオデジャネイロ五輪で挫折も、新天地で復活

ロンドン五輪で3つのメダルを獲得した後も、入江の快進撃は続く。2013年にスペイン・バルセロナで開催された世界水泳では、400メートルメドレーリレーで銅メダル。2014年にオーストリア・ゴールドコーストで行われたパンパシフィック水泳では、200メートルと400メートルメドレーリレーで銀メダルを獲得した。そして100メートルでは、ロンドン五輪金メダリストのマシュー・グレイバーズや、ライアン・マーフィー(ともに米国)を退け、金メダルを獲得し、表彰台の最も高い場所に立った。

2016年、リオデジャネイロ五輪代表選考会を兼ねた日本選手権でも、入江はその実力をいかんなく発揮する。100メートルと200メートルで優勝。特に200メートルは、全種目を通じて史上最多となる10連覇という偉業で花を添えた。ところが、リオデジャネイロ五輪では、一転、不本意な成績に終わる。100メートルは7位、200メートルは8位、そして4×100メートルメドレーリレーも5位となり、2大会連続でのメダル獲得とはならなかった。さらに翌年の日本選手権では、100メートルで優勝を果たすも、200メートルでは萩野公介に11連覇を阻まれた。

入江 陵介:リオ・オリンピック ハイライト

2016年夏 リオ・オリンピック ベストシーン

「このまま現役引退か」。そうした声も聞かれる中、入江はリオデジャネイロ五輪後、練習拠点を米国・ノースカロライナ州に移した。その成果が出たのが、2018年8月に行われたパンパシフィック選手権だ。100メートルと200メートルで銀メダルを獲得。ともに、リオデジャネイロ五輪で3冠を達成したマーフィーに及ばなかったもの、自身がいまだ世界トップレベルのスイマーであることを示した。

その直後に、インドネシア・ジャカルタで行われたアジア大会でも、50メートル、100メートル、200メートル、4×100メートルメドレーリレー、4×100メートル混合メドレーリレーの5種目で銀メダルを獲得。オリンピックを2年後に控え、入江が狙いを定めるのは東京での表彰台だ。

SNSで見せる素顔、競泳界の精神的支柱に

水泳王国アメリカのライアン・マーフィー、躍進目覚ましい中国の徐嘉余ら、世界のライバルと日々しのぎを削る入江陵介。その甘いマスクから「競泳の貴公子」と呼ばれ、泳ぎ方も「世界一美しいフォーム」などと評されている。そんな入江だが、SNSで見せる素顔は、意外にもフランクだ。Twitterでは米国での練習のほか、自身が好きなアーティストについても投稿。また、Instagramでは、常人離れした柔らかい肩をアピールする写真をアップし、世間の話題をさらっている。

ただストイックなだけでなく、リラックスした表情も見せる入江は、長年日本競泳界をけん引してきたレジェンド北島康介に代わる精神的支柱としての役割も期待されている。

東京2020開催まであと1000日、都内で様々なイベントを実施

1964年以来となる東京でのオリンピック開催に向け、都内各地でさまざまなカウントダウンイベントが行われた。