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大野将平は常に頂点をめざす――「圧倒的な強さ」にこだわる柔道家は小学校卒業後に山口から東京へ【アスリートの原点】

天理大学の4年次には世界選手権を制覇

文: オリンピックチャンネル編集部 ·

リオデジャネイロ五輪の男子73キロ級で表彰台の頂点に立ち、男子柔道界の救世主となった大野将平。天理大学大学院での勉強のため一時は競技を離れたものの、2019年の世界柔道選手権大会では全試合で一本勝ちしてあらためてその強さを世間に知らしめた。常に最強をめざす「真の武道家」はいかなる成長を遂げてきたのか。

天理大4年次の2013年8月、世界選手権で初優勝を果たした

名門、講道学舎で練習づけの日々

大野将平は1992年2月3日に山口県山口市で生まれた。

2歳上の兄、哲也が柔道を習っていた。親戚が道場で先生を務めていたこともあり、自身が道着に袖を通すことが自然の流れだったという。7歳から松美道場スポーツ少年団に通い始めた。当初は本気で柔道に取り組んでいるというよりは遊びの一環という感覚だったが、オリンピックに刺激を受けた。2000年のシドニー五輪で野村忠宏や、現在、柔道日本代表で監督を務める井上康生らが金メダルを首にかける姿をテレビで見て、オリンピックの華やかな舞台に憧れを抱いた。

先に上京し、柔道の名門私塾である講道学舎に入門していた兄の哲也を追い、自分も中学から東京に行くことを夢見ていたが、その厳しさを知る母からは猛反対を受けた。兄に比べて体の小さい弟は、確実に苦労すると感じていたからだ。しかし1年間で10キロ増量するという条件を課されると、見事にその約束を果たし、希望どおり東京行きの夢を手繰り寄せたのだった。

上京後は弦巻中学校、そして世田谷学園高校に進学し、朝から晩まで文字どおり柔道づけの日々を送った。慣れない寮生活では自分の身の回りのケアに加え、先輩の手伝いもある。遊びたい盛りの年ごろでも自由時間はほとんどなく、トレーニングに打ち込む日々。我慢することを学んだ6年間だった。この経験が間違いなく大野の屈強な精神力につながったのだろう。

柔道の道を極めるべく、中学入学時に東京へ。講道学舎で練習に打ち込み、高校2年次にはインターハイ優勝を果たしている

大学1年次に飛び級でシニアの合宿に参加

過酷な練習が実を結び、高校2年次にはインターハイ(全国高等学校総合体育大会)の男子73キロ級で優勝を成し遂げる。しかし頂点に立つ喜びを味わったのもつかの間、3年次には身体の大きい選手と組むことに比例して故障も増えた。全国大会へ出場することもできず、挫折を経験した。

再び兄を追って進学した天理大学は講道学舎と同じく、正統派の日本の柔道を追求している。そのため、自分の戦い方を確固たるものへと高めていくことができたという。大学1年次に特例でシニアの合宿参加が認められ、経験のある選手たちから多くの刺激を受けると、1年次には全日本ジュニア、2年次には世界ジュニアを制覇することができた。

大学の先輩である男子100キロ級の穴井隆将(現在は同大学の柔道部監督)が引退を決めた時に「これからは自分がこの柔道部を引っ張る」という責任感が強まり、3年次の講道館杯制覇、グランドスラム東京の優勝へとつながっていった。2013年と2015年には世界選手権を制している。2016年のリオデジャネイロ五輪では天理大の穴井監督から授けられた「集中・執念・我慢」という3つの心得を胸に戦い、壮絶なプレッシャーをはねのけて金メダルを獲得してみせた。

新型コロナウイルス拡大の影響で思うように練習ができない時も「さまざまなやり方ができる唯一の時間」と捉え、ツイッターを通してメッセージを伝えたり、オンライン柔道教室を開いたりと、持ち前の対応力の高さを発揮する。2021年の夏に迎える2度目の集大成でも、その圧倒的な強さに期待がかかる。

選手プロフィール

  • 大野将平(おおの・しょうへい)
  • 男子柔道 73キロ級選手
  • 生年月日:1992年2月3日
  • 出身地:山口県山口市
  • 身長/体重:170センチ/73キロ
  • 出身校:弦巻中(東京)→世田谷学園高(東京)→天理大(奈良)→天理大大学院(奈良)
  • 所属:旭化成
  • オリンピックの経験:リオデジャネイロ五輪 男子柔道73キロ級 金メダル
  • ツイッター(Twitter):大野 将平(@sono0203)
  • インスタグラム(Instagram):shohei ono 大野 将平(@ono0203)

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