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小林陵侑:レジェンドの薫陶を受け、日本人初のスキージャンプW杯年間総合王者に。22歳の若武者が「日の丸飛行隊」をけん引する

助走と踏み切りの改善で大きく飛躍。さらなる進化を誓う

欧州勢以外では初となるスキージャンプW杯年間王者に輝いた小林陵侑

2018年平昌冬季五輪のスキージャンプ男子ノーマルヒルで7位に入った小林陵侑(りょうゆう)は、2018-2019年シーズンのワールドカップで13勝を挙げ、年間総合優勝を果たした。年末年始の「ジャンプ週間」では4戦全勝の快挙を達成するなど、向かうところ敵なしの強さを見せつけている。2018年11月に22歳になったばかり。2022年北京五輪に向け、さらなる進化に期待だ。

2018年の年末から2019年初頭にドイツとオーストリアで行われた通称「ジャンプ週間」では、4試合すべてで優勝を果たしてみせた

「ジャンプ週間」完全制覇、そして年間王者に

1972年の札幌冬季五輪で表彰台を独占した笠谷幸生、金野昭次、青地清二や、1998年の長野冬季五輪で団体金メダルを獲得した岡部孝信、斎藤浩哉、原田雅彦、船木和喜、そして8度の冬季オリンピック出場を果たした「レジェンド」葛西紀明など、日本はスキージャンプの名選手を数多く送り出してきた。しかし長野五輪後のルール改正になかなか対応できず、世代交代にも苦しみ、低迷期が続いた。そんな時代を終結させ、「日の丸飛行隊」の新たなリーダーとなるべき存在が、小林陵侑(りょうゆう)だ。

1996年11月8日生まれ。2018年平昌五輪に出場した小林は、個人ノーマルヒルで日本人最高の7位に入賞した。このころはまだ圧倒的な強さを持ち合わせていなかったが、2018-2019年シーズンに入ると突如として覚醒する。2018年11月、国際スキー連盟(以下FIS)によるジャンプワールドカップ(以下W杯)個人開幕戦で3位に入ると、第2戦でW杯初優勝、第3戦で2連勝を飾るなど、一躍トップレベルの実力を見せつけていく。

圧巻は2018年の年末から2019年初頭にドイツとオーストリアで行われた通称「ジャンプ週間」だ。4試合すべてで優勝し、史上3人目、日本人として初めての「グランドスラム」を達成してみせた。

その後も勢いはとどまらず、ノルウェーのオスロで行われたW杯第23戦において今シーズン11勝目を挙げ、5戦を残してW杯個人総合優勝を達成した。日本人初どころか、ヨーロッパ出身者以外では初めてという快挙だ。

2018-2019年シーズンに覚醒。W杯第23戦でシーズン11勝目を挙げ、5戦を残して個人総合優勝を達成。世界に存在感を示した

「レジェンド」葛西紀明のもと、ジャンパーとして成長

岩手県出身の小林は5歳の時にスキーを始めた。本格的にスキージャンプを始めたのは小学生になってからだが、幼少期から父親が自宅の庭につくったジャンプ台で、遊び感覚でジャンプをしていた。もともとはジャンプの専門ではなく、ジャンプとクロスカントリーの両方で競うノルディック複合にも取り組んでおり、中学時代には全国中学校スキー大会でジャンプとノルディック複合の2冠を達成している。

盛岡中央高等学校を卒業後の2015年4月、土屋ホームに入社しスキー部に所属する。彼をスカウトしたのは、監督兼選手の葛西紀明だった。葛西は小林をノルディック複合の選手としてではなく、ジャンプの選手としてチームに招き入れ、師弟として、あるいは年齢の離れたライバルとして切磋琢磨していった。

今シーズンの覚醒の理由は主に二つ。助走時の姿勢が安定したことと、踏み切り時の「ひざ戻り」を克服したことだ。助走時の姿勢は、従来よりも低く構えるように修正を施した。これによって助走が安定し、スピードも出るようになったという。

「ひざ戻り」とは、踏み切りの時にひざが立ってしまうことで、これだと足の力を「カンテ」と呼ばれる助走路の先端にある踏み切り部分に十分に伝えられず、ロスが生じてしまう。今シーズンの小林は踏み切りのタイミングも角度もほぼ完ぺきで、一緒にトレーニングをしながらこのジャンプをつくり上げた葛西も「うらやましい」とほれぼれするほど。スキー板と体の距離を保ち、揚力を受ける飛行姿勢は本来の持ち味だったが、それがさらに生かされる助走と踏み切りを得たことが躍進につながったと言える。

平昌冬季五輪では7位。そこから、助走時の姿勢を安定させ、踏み切り時の「ひざ戻り」を克服したことが大飛躍につながった

最後も大ジャンプを披露。2022年北京五輪に期待

小林は最終的に今シーズンの勝利数を13まで伸ばしたが、最後の2試合は圧巻だった。

フライングヒルで行われた個人第27戦は、予選で自己ベストの248メートルを記録。そして個人最終戦では世界最長記録に1.5メートルと迫る252メートルの大ジャンプを見せ、有終の美を飾った。ヨーロッパのメディアはあまりの活躍ぶりに「別の惑星から来た人間」と評し、FISのコースディレクターを務めるワルター・ホファー氏は「ジャンプ競技の普及のためには素晴らしいこと」と小林の活躍をたたえた。小林自身は「でき過ぎたシーズン」「自分でもびっくりしている」と振り返っている。

これだけの活躍を見せつけられると、2022年北京五輪での金メダル獲得を期待してしまうところだが、小林は「僕もこれから変わり続けなければいけない」と気を引き締める。実際、欧州各国は小林のフォームを映像分析し、自分たちのスキルとして取り入れようとし始めているという。小林に対する「包囲網」は確実に狭まっている。

それでも、小林は「もっとできると思う」と上を向く。恩師の葛西も「僕より上のレベルを保てば、10年ぐらいトップでいけると思う」と、その活躍に太鼓判を押している。他国の選手が彼のジャンプを研究し、そのスキルを習得したとしても、小林自身がそれを上回る進化を遂げ続ければ、2020年北京五輪での金メダルはおのずと見えてくる。「W杯年間総合王者」の肩書きを持つ者になら、その偉業を成し遂げることができるはずだ。

兄の潤志郎(右から2人目)もスキージャンプ選手として活躍する。2019年のノルディックスキー世界選手権では、ジャンプ男子団体でともに銅メダルを獲得した