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平野美宇:世界最速の前陣バックハンドカウンタードライブ

タイミング誤差0.02秒のスイング

2017年アジア選手権の女子シングルスで、中国の超一級の選手3人を破り優勝。海外メディアから「ハリケーン・ヒラノ」の異名を頂戴した

3歳5カ月でラケットを握り、最年少記録を連発した幼少時代。同学年の伊藤美誠(みま)とのペアで「みうみま」として注目を集めた後のリオデジャネイロ五輪落選。衝撃的なリベンジの武器はタイミング誤差0.02秒という世界最速の前陣バックハンドカウンタードライブだった。卓球コラムニストが「ハリケーン・ヒラノ」の魅力について語る。

「ハリケーン・ヒラノ」の衝撃

それは目を疑う光景だった。2017年アジア選手権の女子シングルスで、平野美宇が中国の超一級の選手3人を立て続けに破って優勝したのだ。日本女子として21年ぶりの快挙だった。実は21年前の小山ちれは、中国時代に世界チャンピオンになっている中国からの帰化選手であったため、日本生まれ日本育ちの選手としては実に43年ぶりのことだった。

卓球において、特に女子卓球における中国の壁は途方もなく高く、厚い。世界選手権の女子シングルスは、過去23年間すべて中国選手同士の決勝で、ベスト4に入った中国以外の選手さえ数えるほどしかいない。女子ダブルスは過去29年間すべて中国選手同士の決勝、女子団体は過去43年間で中国が優勝を逃したのは2回だけだ。相手は統一コリアチームと、全員が中国からの帰化選手のシンガポールだった。オリンピックにおいては、卓球が正式種目になった1988年以来、女子シングルスと女子団体のすべての金メダルを中国が独占している。

このような状況のなかで、平野美宇が、リオデジャネイロ五輪金メダリストで当時世界ランキング1位の丁寧(ディン・ニン)、同2位の朱雨玲(ジュ・ユリン)、同6位の陳夢(チン・ム)を立て続けに破ったのだから、その衝撃はどんな言葉をもってしても表現できないものだった。

しかもその勝ち方がすさまじかった。奇襲戦法や意外性ではなく、中国の得意とする速さそのものの力勝負で中国を上回ったのだ。それは海外メディアから「ハリケーン・ヒラノ」と称される怒涛のプレーだった。

2014年の「みうみま」。伊藤美誠と臨んだ韓国オープンの女子ダブルスで準優勝を果たした

リオデジャネイロ五輪落選と覚醒

平野美宇は、2000年4月14日、静岡県に生まれ、山梨県中央市(現)に育った。両親はともに卓球選手で、父親はインターハイや全日本選手権に出場し、母親も大学時代に全国大会に出場する腕前だった。

卓球を始めたのは3歳5カ月の時で、母が自宅で開いていた卓球教室でのことだった。4歳の時に全日本選手権バンビの部(小学2年生以下)に史上最年少で出場し、2007年、7歳の時には福原愛以来の小学1年生で同大会の優勝を果たした。小学3年生からは大阪のミキハウスJSCに所属して腕を磨き、全日本選手権一般の部に史上最年少の9歳で出場するなど、最年少記録を連発した。

中学1年からはJOCエリートアカデミーに入校(高2まで所属)し、国際大会で活躍するようになる。2014年、13歳の時に臨んだドイツオープンで同学年の伊藤美誠と組んだ女子ダブルスで優勝し、賞金額を聞いて2人で目を丸くする写真がマスコミに取り上げられたころから「みうみま」ペアとして一気に知名度が上がった。

2015年世界選手権蘇州大会に初出場を果たしたものの、翌2016年リオデジャネイロ五輪では選考から漏れ、伊藤美誠がメダルを獲得する様子を観客席から見つめた。

その悔しさをバネに、2カ月後の女子ワールドカップで史上最年少の16歳で優勝、翌2017年1月の全日本選手権女子シングルス決勝で、3連覇中の女王、石川佳純を破り史上最年少の16歳9カ月で優勝を飾った。日本人として21年ぶりのアジア選手権女子シングルスに優勝したのは、その3カ月後、17歳になったばかりのことだった。

2014年12月のワールドツアー・グランドファイナルでは伊藤美誠(右から2人目)とともに女子ダブルスを制覇

世界最速のカウンタードライブ

平野美宇がアジア選手権で世界を驚かせた武器は、「前陣」すなわち台の近くで、相手が攻撃してきたボールを台に弾んだ直後にバックハンドのドライブで打ち返す「前陣バックハンドカウンタードライブ」だった。

もともと平野美宇の卓球はリスクを犯さないスタイルで、ラリー志向が強かった。安定したラリーの基本は、ボールに「ドライブ」と呼ばれる前進回転をかけて軌道を山なりにすることだ。リオデジャネイロ五輪の落選で自己変革を決意した時、平野美宇が選んだのは、得意技術のバックハンドのドライブを、相手の攻撃球に対して恐ろしく早いタイミングでフルスイングすることだった。それが前陣バックハンドカウンタードライブだ。

卓球はボールがラケットに比べて極端に軽いため、相手のボールが速いほどラケット自体ではじき返されて速いボールとなって返る。前陣でカウンターするということは、相手の速球の力を利用して倍返しすることに他ならない。体格や筋力が発展途上にある平野美宇が中国選手に勝つためにはこれしかなかったとも言える。

しかし、速球をドライブで打ち返すのは、とてつもない精度が必要だ。ドライブは、相手のボールの軌道を下から上に横切るスイングであるため、空振りのリスクが非常に大きい打法なのだ。相手のボールが遅い時はこのリスクは問題にならないが、相手のボールが速くなると、極端に難しいものとなる。野球のピッチャーのボールをバットを真下に振って当てるのと同じで、途方もないタイミングの精度が必要なのだ。

それは、常人の想像をはるかに超える。ある測定では、平野美宇のバックハンドカウンタードライブは、スイングの軌道が相手のボールの軌道に対して約44度で交差しており、空振りをしないための許容タイミング誤差は0.02秒であった。タイミングがわずか0.02秒ズレるとラケットに当たらない打ち方であり、それでしか打てないすさまじい回転量のドライブを打っているのだ。それは、幼少時からドライブを体で覚え込んだ平野美宇だからこそ可能な技術だった。

バックハンドカウンタードライブが最大の武器。相手の速球の力を利用して倍返する強気のスタイルだ

中国の対策を上回る成長に期待

2017年アジア選手権での優勝以来、中国は平野美宇の卓球を徹底的に研究し、何人ものコピー選手をつくって対策を練ってきている。

そのため、アジア選手権後の平野美宇の対中国戦の勝率は思わしくはない。2020年の東京五輪に平野美宇が出るとなれば、その包囲網はますます徹底的なものになるだろう。2018年12月に発表された世界ランキングで平野美宇は9位で、日本選手としては3番目だ。東京五輪の女子シングルスの代表枠2名、女子団体の代表枠3名に選ばれるかどうかは、2019年の国際大会の成績にかかっている。

平野美宇は、10月に開幕したプロリーグ「Tリーグ」へは日本生命レッドエルフの主力として参戦し、木下アビエル神奈川の石川佳純らとしのぎを削っている。そこで試合感覚を磨き、中国の対策のさらに上を行く成長を期待したい。

文=伊藤条太(Jota ITO)

混合ダブルスでは張本智和と組むことも。2018年のユースオリンピックでもともにプレーした

日本が卓球女子団体で銅

日本はリオ2016の卓球女子団体で銅メダルを獲得した。