怯まずに打ち抜く、古賀紗理那を変えたエースの自覚

若くから将来を期待されていた古賀紗理奈。
若くから将来を期待されていた古賀紗理奈。若くから将来を期待されていた古賀紗理奈。

2018年10月に閉幕した女子バレーボール世界選手権。中田久美監督率いる“火の鳥NIPPON”は5位-6位決定戦でアメリカに敗れて6位に終わった。大会終了後の記者会見で、今大会を振り返り、黒後愛、古賀紗理那のふたりが戦力として加わったことが、全日本にとって収穫だと語った。古賀紗理那は中学生のころからオリンピック有望選手に選ばれ、高校生で全日本メンバーに選出されるほど、周囲から高い期待を寄せられていたが、実力不足を理由に五輪メンバー選考から外された過去を持つ。あれから2年、再び全日本に戻ってきた古賀が、2020年東京五輪を占う上でも大事な世界選手権で大活躍を見せた。彼女を大きく成長させたものは何だったのか。

平成最後の初優勝ならず、Vリーグ覇者に敗れる

「負けたが、しっかり攻め切れた」2018年12月22日、今年の日本一を決める全日本バレーボール選手権(皇后杯)の準決勝で、久光製薬スプリングスに1-3で負けたNECレッドロケッツの古賀紗理那は、試合後の記者会見でこう答えた。平成最後となる皇后杯。NECは3年ぶりの決勝進出を賭け、古賀と全日本のエースの座を競う石井優希ら全日本メンバーが多数所属する久光製薬との一戦に臨んだ。

試合は両チームが互いに譲らないプレーの応酬で、会場の観客を魅了する素晴らしいものとなった。古賀や荒谷の活躍もあり、NECは1セットを獲得したが、試合巧者の久光製薬に要所を押さえられ、NECは1-3で久光製薬に負けた。準決勝の前に古賀は、「平成最後の天皇・皇后杯で優勝したい」と語っていたそうだ。これまで周囲から期待されながら、全日本ではなかなか活躍できなかった古賀だったが、直前に行われた世界選手権での活躍ぶりは、「エース」と呼ぶにふさわしいものだった。また、負けはしたものの、皇后杯でも古賀は、チームを牽引する堂々たるプレーを見せた。自分のミスは自分のスパイクで取り返すというようなプレーが見られた。待ちに待ったエースの覚醒を強く印象付けるものだった。

若くして高い注目集めるも、高校生としては無冠に終わる

古賀紗理那は1996年5月21日に佐賀県で生まれた。父親の転勤で6歳のときに熊本に引っ越している。中学、高校時代にバレーボールをしていた母親の影響で、小学校2年生のときに、姉の麗那と一緒にバレーボールを始めたそうだ。古賀はバレーを始めて間もなくして出場した大会で、「大津ジュニア」という強豪チームと対戦する。古賀はその試合で0点負けを経験した。すると古賀は自ら大津ジュニアでプレーすることを希望する。厳しい練習をこなした古賀はドンドンと成長し、小学校3年生ながら、小学校6年生たちに混じって、大会に出るほどの腕前に。古賀は登校前のわずかな時間を使い、自宅の庭でトスを黙々と繰り返すなど、空いている時間はすべてバレーボールの練習に充てていたそうだ。

地元の大津中学校に進んだ古賀は、2011年8月、3年生で出場した全日本中学校バレーボール選手権大会で3位となり、優秀選手に選出された。また、同年12月に開催されたJOCジュニアオリンピックカップでは、オリンピック有望選手に選ばれるなど、すでに全国で名前を知られる存在となっていた。中学校入学時に166cmだった身長は卒業時に180cmまで伸びていたそうだ。

高校は姉が通う熊本の強豪校、熊本信愛女学院高校に進学した。2012年10月、高校1年生ながらアジアユース選手権に出場し、日本の4連覇に貢献するとともに、大会MVPとベストスコアラー賞に選ばれている。また、2013年1月、全日本バレーボール高等学校選手権大会(春高バレー)で、熊本信愛女学院高校はベスト4となり、古賀は優秀選手賞を獲得した。2013年4月、高校2年生になった古賀は、全日本メンバーに初選出され、ヨーロッパ遠征に参加。イタリア、ブラジル、トルコ、日本が参加して行われたイタリア4カ国対抗国際女子バレーボール大会の試合で途中出場し、16歳という若さで全日本代表デビューを果たした。また7月には、全国高等学校総合体育大会(インターハイ)で準優勝、自身はベスト6と優秀選手賞を獲得した。そして10月、世界U23女子バレーボール選手権の代表選手に選出され、銅メダルの獲得に貢献した。また、2014年6月には、高校3年生で2020年東京五輪の強化指定選手「Team CORE」に選ばれるなど、古賀自身は選手として、若くして才能を高く評価され、華々しいキャリアを歩んできたが、熊本信愛女学院高校バレー部の一員としては、高校3年間で一度もタイトルを獲れずに無冠に終わった。


高校では指定強化選手に選出されながら無冠に終わった。
高校では指定強化選手に選出されながら無冠に終わった。高校では指定強化選手に選出されながら無冠に終わった。

憧れの木村沙織とワールドカップで活躍

NECレッドロケッツは2015年1月、古賀紗理那の入団内定を発表した。2月には対デンソーエアリービーズ戦で途中出場し、V・プレミアリーグにデビューを果たす。そして、NECはリーグ3連覇を賭けた中田久美監督の久光製薬スプリングスを3-1で破り、10シーズンぶり5回目の優勝を果たす。古賀も久光製薬相手に途中出場で13得点を挙げるなど、飛ぶ鳥を落とす勢いの活躍を見せた。

その古賀が、全日本の選手として、本格的に活躍し始めるのは、2015年のワールドカップからだ。木村沙織や長岡望悠とともに攻撃の中心となり、次世代エース候補の一番手としての活躍を見せる。全日本は第1ラウンドの第3戦で、格上キューバを3-0で下す。この試合で古賀は、ストレートやクロスを上手に打ち分け、スパイクで得点を挙げるなど、随所に素晴らしいプレーを見せた。試合後のインタビューで古賀は「相手のブロックがよく見えている」とコメントしている。

日本は第3ラウンドで、今大会優勝の中国、3位になったアメリカに負け、5位という成績に終わった。ただ、古賀個人はベストスコアラー5位、ベストサーバー4位、ベストレシーバー1位に選ばれるなど、リオデジャネイロ五輪の前哨戦とも言える大会で、チームの主力となり、高い評価を受けたことで、初めてのオリンピック出場に弾みをつける格好となった。古賀の憧れの選手は木村沙織。その木村とともに、日の丸を背負って戦った時間は、恐らく古賀の中に、「オリンピックに出場する」ということを、強く意識させたに違いない。


東京五輪で初のオリンピック出場を目指す。
東京五輪で初のオリンピック出場を目指す。東京五輪で初のオリンピック出場を目指す。

失意の五輪メンバー落選で学んだ自分の課題

2016年6月27日、都内のホテルで眞鍋正義監督(当時)が発表したリオデジャネイロ五輪出場メンバーの中に、古賀紗理那の名前はなかった。会見場に集まった報道陣からは、ある種の驚きを持って受け止められた。古賀落選の理由を尋ねられた眞鍋監督は「古賀のためだけにやっているのではない」と、かなり厳しい答えを返している。

5月に日本で行われたリオデジャネイロ五輪の最終予選。大会6日目で4位以内を確定させた全日本は、リオデジャネイロ五輪出場を決めた。今大会の最終成績は1位イタリア、2位オランダに次ぐ3位だった。ただ、最終予選に出場した古賀は不調だった。スパイクが相手のブロックにかかる場面が増えて、弱気な姿勢が目立つようになった。心理面の影響が守備にも及び、レシーブミスが増えて、相手チームから執拗に狙われてしまった。

ロンドン五輪を超える成績を目標とした眞鍋監督が、リオデジャネイロ五輪のメンバー選考で重視したのは、チームワークとディフェンスだ。眞鍋監督は1)サーブ、2)サーブレシーブ、3)ディグ、4)ミスの少なさの4つで世界一を目指すという目標を掲げてチーム作りをしてきた。古賀の落選は、負けない戦い方ができるメンバーを選択した結果だった。

古賀自身は、このときの五輪代表落選について、「オリンピックに執着がなかったから選ばれなくて当然だと思った」と後日メディアのインタビューで語っている。しかし、それは本心だっただろうか。その後、NECに戻った古賀は、体幹などを鍛える筋力トレーニングを行うとともに、苦手だったサーブや課題とされたサーブレシーブの練習に励んだという。こうした地道なトレーニングの成果は、すぐには現れない。しかし、必ず実を結ぶときがくる。それは2018年世界選手権ではなかったか。

苦しいときにボールが上がるのが本当のエース

「弱気にならず思い切りうちにいけていた。日の丸を背負う自覚も芽生えてきたと思う」。これは中田久美監督が、世界選手権3次ラウンドでイタリアに敗退し、メダルの可能性がなくなった後の記者会見で、古賀について語った言葉だ。中田監督の2018年の一番の目標は「黒後愛と古賀紗理那を(エースに)育てる」ということだったそうだ。中田監督は世界選手権のほとんど試合で古賀を先発させた。その期待に応えるべく、古賀はベストスコアラー5位、ベストレシーバー4位という個人成績を残した。

「紗理那によろしく」。これはリオデジャネイロ五輪でキャプテンを務めた木村沙織が、準々決勝で対戦した世界ランク1位(当時)のアメリカに、0-3のストレートで負けた直後に、セッターを務めた宮下遥にかけた言葉だそうだ。残念ながら古賀は五輪直前にメンバーから落選してしまった。妹のように目をかけてきた古賀に対して、恐らく木村には特別な思いがあったのだろう。そしてこれは、「東京五輪には紗理那がエースで出場してほしい」というメッセージが込められた言葉ではなかったか。

2018年の世界選手権では、セッター田代との息が合わず、打ちきれない場面もあったが、ブロックを恐れず、渾身のスパイクを打ち込む古賀の姿があった。苦しい試合になればなるほど、ボールはエースに集まる。2020年東京五輪では、「もって来い」大きな声でトスを呼び、相手の3枚ブロックも、怯まずに打ち抜く姿を、世界中に見せて欲しい。そして8年ぶりのメダルを獲得して欲しい。古賀紗理那の勝負の1年が始まった。

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