注目記事 | 柔道

新井千鶴:自ら道を切り開いてきた遅咲きの柔道家|無類の勤勉さと行動力とぶれない心【アスリートの原点】

2月のグランドスラム制覇により東京五輪出場へ

文: オリンピックチャンネル編集部 ·

新井千鶴は2017年から世界選手権を連覇し、一気に柔道界のニューヒロインに躍り出た。警戒されたなかで挑んだ2019年の世界選手権は3回戦敗退に終わったものの、2020年2月、ドイツで行われたグランドスラムの優勝により、見事、東京五輪代表に選出。何度も壁にぶつかりながら立ち上がってきた強さの秘訣とは――。

2014年のアジア競技大会には70キロ級で出場。決勝で敗れ、悔しさを味わった

兄に憧れるも、怖くなって初日でやめた柔道クラブ

新井千鶴は1993年11月1日、埼玉県大里郡寄居町で産声をあげた。

柔道にふれたのはまだ幼稚園児の時。兄の練習にくっついて、初めて「男衾(おぶすま)柔道クラブ」を訪れたのはわずか4歳の頃だった。ただし、自分より一回りも二回りも体の大きい年上の女子たちに囲まれたことで、一気に怖くなり、初日で逃げ出してしまった。

今となっては笑いながら当時を振り返ることができるようになったが、その時抱いた恐怖心はなかなか消えなかった。それでも指導者は彼女の素質を見抜いていたのかもしれない。熱心な勧誘を受けた新井は、小学校に上がった6歳の時に再び勇気を出して同クラブに通い始めた。

受け身の習得から始め、その後は打ち込みの練習をとことん続け、とにかく基礎を叩き込まれた。新井本人の後述によれば、幼少期にサッカーをやっていたことも手伝い足技に自信を持ち、ぶれない体幹や足腰の強さを身につけていった。

しかし男衾中学校時代はなかなか結果が出ず、苦しい日々が続いた。いい勝負をしても、なかなか勝ちきれない。詰めの甘さが目立ち、関東大会までしか出場できず、全国の舞台は遠かった。

もっと力をつけて同世代を圧倒したい。当時は週3回男衾クラブでの練習を続けていたが、中学2年次からは同クラブの先輩のツテをたどって、週末は埼玉県の児玉高校に出向き、稽古に参加させてもらうようになった。持ち前の行動力、そして向上心の強さで自ら道を切り開いていった。

2018年のグランドスラム大阪で優勝。リオ五輪出場を逃した悔しさをばねに着実に成長を遂げてきた

技術面も体格面も進化した高校時代

結局そのまま児玉高校への進学が決まった。中学2年次に48キロ級だった新井を知る児玉高の柏又洋邦監督は、まだ体の線の細さは目立つものの、彼女の器用さと芯の強さに可能性を感じていたという。

その後はハードな筋トレと食事の管理によって体格も大きくなり、高校1年次には57キロ級、高2で63キロ級、そして高3で70キロ級と階級を上げていった。

アスリートとしてはとにかく優秀。時に自らを追い込み過ぎてしまうほど真面目に練習に打ち込む性格で、柏又監督は無理をさせすぎないことを意識していたという。選手自身に練習メニューを考えさせ、自立を促していった。高校最後の年には関東高校柔道大会の70キロ級で、オール一本勝ちの優勝、インターハイ(国高等学校総合体育大会)の同階級制覇を成し遂げるほど力をつけた。

ただし、高校卒業後の2012年に進んだ実業団の名門、三井住友海上では何度も壁に突き当たった。オリンピックメダリストばかりが集う道場で、何度組んでも負け続ける毎日。心が折れかけた時もあったが、必死にもがいて力をつけていった。リオデジャネイロ五輪の選考では惜しくも落選し悔しさを味わったが、計画的に練習を組み立てなければオリンピックへの道は絶たれてしまうことを、身をもって知った。

新井はリオ五輪代表落選当時を「自分自身と向き合えていなかった」と振り返り、自身のスタイル改造に取り組んだ。足技はより強固なものとなり、2017年は主要大会を複数制し、世界柔道選手権大会では金メダルを獲得。日本オリンピック委員会(JOC)のインスタグラム公式アカウントでは優勝直後の写真が紹介された。

2018年には世界ランキング1位に立った新井について、三井住友海上の柳沢監督は「徐々に強くなった」と評する。2019年は世界選手権が3位に終わり、ライバルたちの包囲網に苦戦を強いられるも、2020年2月、世界大会のグランドスラムを制して念願の東京五輪出場を決めた。

その東京五輪はコロナ禍で1年延期となり、思うような練習ができない日々が続く。「オリンピックは近づくけど遠のく」と表現したことがあるが、信念はぶれない。すべての経験を糧にする。壁を乗り越え、道を切り開いてきた新井はいつだってしなやかに、決して折れずに突き進んでいく。

選手プロフィール

  • 新井千鶴(あらい・ちづる)
  • 女子柔道 70キロ級選手
  • 生年月日:1993年11月1日
  • 出身地:埼玉県大里郡寄居町
  • 身長/体重:172センチ/70キロ
  • 出身校:男衾小(埼玉)→男衾中(埼玉)→児玉高(埼玉)
  • 所属:三井住友海上 女子柔道部
  • オリンピックの経験:なし

【アスリートの原点】渋野日向子:「笑顔のシンデレラ」は少女時代、ゴルフとソフトボールの二刀流。高校3年次は就職も検討

【アスリートの原点】土井杏南:ロンドン五輪には16歳の若さで出場。「消えた天才」は東京五輪へ向けた復活を期す

【アスリートの原点】大迫傑:陸上部がない中学校で主体的にキャリアをスタート。早稲田大時代には国際大会の10000Mで優勝

【アスリートの原点】石川祐希:サッカーと野球を経てバレーボールへ。小学6年次は157センチと体格面で苦労

【アスリートの原点】ノバク・ジョコビッチ:空爆の恐怖に怯えながらも失わなかったテニスへの情熱

【アスリートの原点】ライアン・マーフィー:13歳の時に18歳の選手に勝利。現代水泳界のスターが 8歳のころ、両親に宛てた手紙に込めた思いとは?