日本男子バレーボール:「NEXT4」を主役に世界に存在感を示せるか

日本男子バレーボール
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世界の強豪国の後塵を拝して久しい日本男子バレー。1964年の東京五輪で、「東洋の魔女」と呼ばれた女子チームとともに快進撃をみせ、その後、世界に存在感を見せつけた栄光も、「今は昔」の話と成ってしまった。しかし、近年、ワールドカップなどでの活躍もあり、国内での競技人気を高めようとさまざまな取り組みが行なわれている。

2018年にはスポーツビジネスとして成立することを目指し、新生V.LEAGUEが開幕した。これまで以上に幅広いファン層に親しまれるようになるか注目を集めている。バレーボール男子は2016年リオデジャネイロ五輪への出場はかなわなかったが、2020年東京五輪を目指して結成された代表チーム『龍神NIPPON』は、より層の厚いメンバーで挑もうとしている。今後の健闘に大きな期待が寄せられている。

日本中が歓喜に震えたミュンヘンの奇跡

日本男子がこれまでに獲得したメダルは、金1、銀1、銅1。日本女子が1964年東京五輪で、いきなり金メダルを獲得し、「東洋の魔女」と呼ばれて大きな話題となった一方で、男子は銅メダルを獲得したにもかかわらず、まったくと言っていいほど注目を浴びない。続く1968年メキシコ五輪では、女子と同じ銀メダル。そして、1972年のミュンヘン五輪。女子が再び銀メダルに終わる一方で、男子は伝説の名将、松平康隆監督の熱血指導のもと、念願の金メダルに輝いた。準決勝のブルガリア戦では2セットを先取され、もう後がない状況からの大逆転勝利。そして、決勝は東ドイツを3-1で下した。松平監督が東京五輪後に立てた、「必ず金メダルを取る」という誓いを、8年越しで達成した瞬間でもあった。この歴史的快挙は「ミュンヘンの奇跡」と呼ばれ、今もなお男子バレーボール界で語り継がれている。

ただ、1976年モントリオール五輪で、女子が再び金メダルを奪還したのに対して、男子は準決勝でポーランドに敗れ、3位決定戦でキューバに敗れての4位と、メダル獲得はならなかった。それ以降の日本男子はメダル圏外のチームとなり、1996年アトランタ五輪から2016年リオデジャネイロ五輪まで、2008年北京五輪を除く5大会で、出場権すら獲得できないという、長く険しい低迷期を歩むことになった。

「一人時間差」で金メダル、後のバレー界に貢献

1972年ミュンヘン五輪での金メダル獲得に大きく貢献した選手に一人に森田淳悟がいる。当時としては大柄な194センチという恵まれた身長を武器に、エースアタッカーの大古誠司、横田忠義らとともに「全日本ビッグスリー」と呼ばれ、相手の攻撃コースを読んだ緻密なブロックは「フジヤマブロック」と呼ばれた。さらに森田が打つドライブサーブは世界最速と称賛され、しばしば強烈なサーブで相手の陣形を崩し、得点に結び付けている。

ここで、近代バレーボールにおける基本戦術を少し紹介しておこう。セッターがあげる小さなトスをアタッカーがすぐに打つAクイック、セッターが少し離れた場所でトスを上げ、ジャンプしているアタッカーが素早く打つBクイック、クイックに飛んだアタッカーをおとりにして、別の選手がアタックを打つ時間差攻撃などが基本的なものとして知られているが、これらはすべて、ミュンヘン五輪に向け、体格差で劣る日本代表チームが、体格に恵まれた外国チームを翻弄するために編み出したもの。ミュンヘン五輪での金メダルはまさに創意工夫の賜物でもあった。

そうした中、森田を語る上で欠かせないのが「一人時間差」という攻撃だ。「一人時間差」とはアタッカーがクイックを打つタイミングで、いったん踏み切るのだが、ジャンプはせずに、ワンテンポ置いてからジャンプをしてボールを打つというもの。最初のジャンプに相手選手がつられてしまい、ブロックのタイミングがずれてしまうため、森田はフリーな状態でボールを相手コートに打つことができた。ミュンヘン五輪では、この一人時間差が対戦相手を大いに翻弄し、日本代表の金メダル獲得に大きく貢献した。50年近く経った今でも、この技は試合で使われている。こうした功績も評価され、森田は2003年にバレーボール殿堂入りを果たしている。

その森田から日本体育大学で直接「一人時間差」を指導され、1984年のロサンゼルス五輪、1988年のソウル五輪に出場した元代表選手が川合俊一だ。大学卒業後は実業団の強豪、富士フィルムに入り、甘いマスクのみならず、実力も相まって、アイドル並みの人気を集め、80年代のバレーボール人気を牽引した。その後、川合はビーチバレーに転向し、活躍した後に、タレントへと転身している。

日本代表で歴代最長身を誇るのが208cmの大竹秀之。1992年のバルセロナ五輪に出場した実績を持つ。娘の里歩は高校バレーの強豪校、下北沢成徳高校の主将として「春高バレー」で活躍し、現在デンソーエアリービーズに所属する。日本女子代表メンバーに選出されたこともある実力だ。また、息子の大竹壱青も、バレーの名門中央大学でプレーし、大学時代から日本代表に選出された経験を持つ。現在はパナソニック・パンサーズに所属。『龍神NIPPON』に選ばれており、秀之氏より少し背の低い201cmだが、その実力は親譲りだ。

ブラジルやアメリカが席巻する世界の勢力図

最新の世界ランキング(2018年10月1日付)を見てみると、1位ブラジル、2位アメリカ、3位イタリア、4位ポーランド、5位ロシア、6位カナダ、7位アルゼンチン、8位イラン、9位フランス、10位セルビアに続き、ようやく日本は11位につけている。2016年リオデジャネイロ五輪では、ブラジルが金メダル、イタリアが銀メダル、アメリカが銅メダルだ。日本が生み出したコンビネーションプレーが当たり前になっている今、バレーボールは、やはり身長が高いと有利なため、欧米に強豪国がそろっている。ロシアはかつて、ソ連時代に長身を生かしたプレーで強さを見せつけたが、ブラジルやアメリカが台頭した。

また、海外選手に“イケメン”が多いことも特徴だろう。2018年9月の男子世界バレーで1試合23得点を上げたイタリアのルイジ・ランダッツォ選手を筆頭に、フランスのピエール・ピュジョル選手、アメリカのマット・アンダーソン選手らは日本でも高い人気を誇っている。東京五輪での来日を待ちわびているファンも多いにちがいない。

もはやNEXTではない、4人の若きリーダーに期待

2015年、未来の期待の男子バレーボール界を担うホープ4人でユニット「NEXT4」が結成された。その4人とは、柳田将洋、石川祐希、高橋健太郎、山内昌大だ。そこには、この4人に、「日本代表のリーダーになってほしい」「中心選手になるという責任感を持ってほしい」という願いが込められている。

ウイングスパイカーの柳田は、現在、日本代表のキャプテン。2017年4月にプロとなり、ドイツ・ブンデスリーガ1部のチームと契約。2018年はドイツでのカップ戦でチームを準優勝に導き、個人としては決勝で両チーム合わせて最多得点を記録。大会MVPに選出されるなどの活躍を見せた。2018年7月に、自身のステップアップを考え、ポーランドチームに移籍している。

柳田将洋選手
柳田将洋選手柳田将洋選手

石川祐希もウイングスパイカーで、10年に一人と言われる逸材。愛知県の星城高校で2年連続高校三冠の原動力となり、2014年に鳴り物入りで大学バレーの名門中央大学に進学。1年生ながら代表候補入りを果たし、同年9月のアジア競技大会で代表デビューを果たした。また、大学時代からイタリアのセリエAのチームと契約するなど、海外での評価も高く、2015年のワールドカップでは、世界の強豪相手に、高いスパイク決定率を見せつけるなどして、高い注目を集めた。その後、ケガに悩まされたが、2018年に大学を卒業し、プロ選手としてイタリアセリエAのチームで経験を積んでいる。

石川祐希選手
石川祐希選手石川祐希選手

山内昌大はミドルブロッカー。中学生まではバスケットボールに打ち込み、高校生からバレーボールを始めたそうだ。現在は国内Vプレミアリーグのパナソニック・パンサーズに所属している。身長204cmという高さをもちながら、俊敏性を兼ね備えているところが特長だろう。

また、高橋健太郎は東レアローズ所属のミドルブロッカー。身長は202cm。高橋も中学生までは野球に打ち込み、バレーボールは高校からだ。子どもの頃は、甲子園に行くのが夢だったそうだ。ポジションはミドルブロッカーもしくはオポジット。二人とも2mを超える高身長と体格に恵まれながら、敏捷性に優れる逸材だ。

もちろん、2020年東京五輪を目指す『龍神NIPPON』にも選抜されている。この4人が東京五輪で「NEXT」から「NOW」となって大暴れできるかどうかが鍵を握っている。開催国枠として、東京五輪への出場が決定している『龍神NIPPON』。日本男子バレーの復権に向け、世界の強豪相手に存在感を示すことができるのか。バレーボールファンの期待は高まるばかりだ。

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