日本飛び込み界の注目は小学5年生からのキャリアを持つレジェンド

メダル獲得は日本飛び込み界の悲願

日本が飛び込み競技で初めてオリンピックに出場したのは、1920年のアントワープ五輪。ちょうど100年が経つ東京五輪でめざすのは、これまで一度も成し遂げていないメダル獲得だ。強化体制が整えられた昨今は、実力を備えた選手が台頭してきた。国際舞台で着々と結果を残し、東京五輪での悲願達成を見据えている。

寺内健はアトランタ、シドニー、アテネ、北京、リオデジャネイロと5大会に出場
寺内健はアトランタ、シドニー、アテネ、北京、リオデジャネイロと5大会に出場寺内健はアトランタ、シドニー、アテネ、北京、リオデジャネイロと5大会に出場

日本の初出場は1920年、過去最高は4位

飛び込みが競技として世界最初に行われたのは、1886年のドイツ水泳選手権だったと言われている。オリンピックでの歴史を辿ると、1904年のセントルイス五輪で「高飛込」が正式種目に加わり、翌大会のロンドン五輪から「飛板飛込」も正式に採用されている。2000年のシドニー五輪からは、ペアで臨む「シンクロナイズドダイビング」も正式種目に追加された。

「飛板飛込」とは、弾力性のあるジュラルミン製の飛板の上で踏み切り、技の美しさや優雅さを競うもので、「スプリングボードダイビング」とも呼ばれる。一方、10メートルの高さの台から飛び込む「高飛込」は別名「プラットフォームダイビング」で、美しさとダイナミックさの両方を競う。演技は助走から始まり、跳躍時の高さや姿勢、落下中のフォームや入水時の姿勢、入水角度などが採点のポイントだ。

日本では、内田正練が1920年のアントワープ五輪で男子高飛込に初出場。これまでの最高成績は、1936年に行われたベルリン五輪の男子飛板飛込で柴原恒雄、女子高飛込で大沢礼子が記録した4位入賞で、いまだメダルは獲得できていない。

日本水泳連盟の規則により、飛び込みでのオリンピックの参加資格は競技会開催年の12月31日時点で15歳以上と決められている。リオデジャネイロ五輪出場当時16歳だった板橋美波をはじめ、10代後半から世界舞台を経験する選手が多い。

6回目の出場をめざすレジェンド

男子のエースとして期待されるのは、日本飛び込み界のレジェンドである寺内健だ。東京五輪が開催される2020年8月7日に40歳を迎える寺内の水泳人生は、生後半年から始まっている。小学5年生で日本代表の馬淵崇英コーチに才能を見いだされ、競泳から飛び込みに転向した。

中学2年時に日本選手権で最年少での優勝を果たし頭角を現すと、オリンピックはアトランタ、シドニー、アテネ、北京、リオデジャネイロと5大会に出場。2001年に福岡で開催された世界選手権の男子3メートル飛板飛込では日本人初の銅メダルを獲得している。北京五輪を終え、甲子園大学大学院を卒業した2009年に一度現役を引退。営業職に就いたが、2011年に復帰して再び五輪の舞台に帰ってきた。

国際大会での経験が豊富ながら、寺内はまだオリンピックのメダルを手にしていない。前回のリオデジャネイロ五輪は、オリンピックで初めて予選落ちを経験。悔しさをバネに、地元開催となる東京五輪での雪辱を誓っている。

坂井丞(しょう)は、元飛び込み選手の両親のもとに生まれたサラブレッドだ。小学5年の時、初めて全国大会で優勝。高校時代に世界選手権に初出場し、2013年にバルセロナ大会で行われた世界水泳選手権では8位入賞を果たした。2014年の仁川アジア大会では銅メダルを獲得するなど、着々と力をつけている。ただ、自身初のオリンピックとなったリオデジャネイロ五輪では、予選敗退と苦杯をなめた。父である坂井弘靖コーチとの二人三脚で、一家の悲願でもあるオリンピックでのメダル獲得をめざす。

2008年の寺内健。2009年に一度現役を引退しながら、2011年に復帰を果たした
2008年の寺内健。2009年に一度現役を引退しながら、2011年に復帰を果たした2008年の寺内健。2009年に一度現役を引退しながら、2011年に復帰を果たした

大技を繰り出す150センチの小さなエース

指導者として日本飛び込み界をけん引する馬淵崇英コーチは、男子の寺内に限らず、女子でも名選手を育て上げている。実の娘である馬淵優佳は、2009年に香港で開催された東アジア大会の3メートル飛板飛込で銅メダルを獲得。その後も世界選手権などの国際大会に出場した。馬淵優佳が2017年11月に22歳で現役を引退したあとは、女子日本代表の多くが10代の選手となった。

その筆頭は、2000年生まれの板橋美波だ。小学3年生で飛び込みを始め、馬淵コーチの指導のもとで才能を開花。2014年の日本選手権では、女子3メートル板飛込で最年少記録を更新する14歳で優勝。2016年のリオデジャネイロ五輪では、日本勢20年ぶりの8位入賞という快挙を成し遂げた。

150センチと小柄な板橋の武器は、鍛え上げられた筋肉を生かした「109C」だ。「前宙返り4回転半抱え込み」という高難度の大技を繰り出す。高校1年生だった2015年に行われた世界選手権予選で、女子選手として国際大会で初めてこの美技に成功。その実力を発揮できれば、東京五輪での表彰台は十分に射程圏内と言える。

2003年生まれの金戸凛は、祖父と祖母がローマ、東京、父と母がソウル、バルセロナ、アトランタ五輪に飛び込み競技で出場しているオリンピアン一家で育った。2017年2月の国際大会派遣選手選考会では、女子3メートル飛板飛込で板橋を上回ってシニア全国大会での初優勝を果たしており、日本飛び込み界の未来を担う逸材として注目を集めている。

女子のエースは板橋美波(右)。「前宙返り4回転半抱え込み」という大技を繰り出す
女子のエースは板橋美波(右)。「前宙返り4回転半抱え込み」という大技を繰り出す女子のエースは板橋美波(右)。「前宙返り4回転半抱え込み」という大技を繰り出す

寺内&坂井ペアがアジア大会で銅メダル

「シンクロナイズドダイビング」は2000年のシドニー五輪から正式種目に加わったばかり。2選手がペアとして臨むこの種目は、個々の技術の高さはもちろん、2人の演技の調和性も採点の基準となり、個人種目とはまた違った魅力がある。

日本勢は、シドニーからの5大会でまだ「シンクロナイズドダイビング」に選手を派遣することができていない。しかし、着々と成長の跡を見せている。男子の個人種目で有力視されている寺内と坂井がペアを組み、2018年5月に行われたFINAダイビンググランプリ・カナダ大会で12チーム中4位の好成績を残した。同年8月のアジア競技大会では、自己ベストを更新する408.57点を記録し、男子シンクロ種目での日本勢初となる銅メダルを手にしている。

女子では、板橋と一学年下の荒井祭里が2018年8月に行われたアジア競技大会の女子シンクロ高飛込で4位に食い込んだ。彼女らも個人種目と合わせペアでのオリンピック出場を狙っている。

寺内健(左)と坂井丞(右)。シンクロナイズドダイビングでの活躍も期待される
寺内健(左)と坂井丞(右)。シンクロナイズドダイビングでの活躍も期待される寺内健(左)と坂井丞(右)。シンクロナイズドダイビングでの活躍も期待される

リオ五輪で7冠の中国勢は好調を維持

2020年の東京五輪において、飛び込み競技は、東京都江東区の辰巳の森海浜公園に新たに建設される「東京アクアティクスセンター」で開催予定となっている。東京五輪期間中の座席数は1万5000席という世界水準の大型施設で、2019年12月に完成予定。競泳とアーティスティックスイミングも同会場で行われる。

競技は、大会第2日目の2020年7月26日(日)に女子シンクロナイズドダビング3メートル飛板飛込からスタート。8月8日(土)までに8種目が実施される。日本勢はもちろん、リオ五輪で7個の金メダルを獲得した中国や、欧米諸国のダイナミックな演技からも目が離せない。なかでもリオデジャネイロ五輪金メダリストの曹縁(男子板飛び込み)と施廷懋(女子板飛び込み)といった中国勢は、2018年8月のアジア競技大会でもメダルを獲得しており、継続して結果を残している。

2秒にも満たないわずかな時間で繰り広げられる飛び込み競技。短くも美しい演技の数々を、瞬きもせずに見届けたい。

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