東京五輪に向け熾烈を極めるマラソン、日本記録更新で男子2選手が1億円を獲得

新制度導入後、初の1億円獲得は設楽悠太
ドニー五輪で金メダルを獲得した高橋尚子は3度の日本記録更新を達成している
ドニー五輪で金メダルを獲得した高橋尚子は3度の日本記録更新を達成しているドニー五輪で金メダルを獲得した高橋尚子は3度の日本記録更新を達成している

マラソン競技において、世界のトップ争いをリードしているのは欧米勢やアフリカ勢だ。しかし、記録の推移をたどると、日本人も歴史に名を残している。2015年に導入された「マラソン日本記録突破褒賞制度」の影響も相まって、2020年東京五輪の出場権をめぐる争いは熾烈を極めている。

2002年に高岡寿成が出した2時間6分16秒という日本記録は長い間破られることがなかった
2002年に高岡寿成が出した2時間6分16秒という日本記録は長い間破られることがなかった2002年に高岡寿成が出した2時間6分16秒という日本記録は長い間破られることがなかった

2018年に男子マラソン日本記録が2度更新

日本男子マラソンの歴史をたどると、前回の東京五輪が開催された翌年、1965年に重松森雄が2時間12分0秒という当時の世界記録を樹立している。その後、記録は2018年11月30日までに11回塗り替えられた。1978年に宗茂が日本人で初めて2時間10分を切り、2時間9分5秒6を記録。2002年に高岡寿成が出した2時間6分16秒という日本記録は、長らく他のランナーたちの前に大きく立ちはだかっていた。

しかし2018年、日本男子マラソン界に飛躍のシーズンが訪れた。1年間に日本記録が2度更新されている。弾みをつけたのは、2017年12月3日の福岡国際マラソンで大迫傑が日本人歴代5番目の2時間7分19秒という記録で3位に入ったことだった。2010年以降、日本人ランナーが2時間8分を切ったのは、2012年の藤原新と2015年の今井正人の2人のみで、久々の好記録だった。

そして2018年2月、東京マラソンで設楽悠太が16年ぶりの日本記録更新となる2時間6分11秒をたたき出した。約8カ月後の10月7日に行われたシカゴマラソンでは、大迫がさらにタイムを縮め、2時間5分50秒でフィニッシュ。彼らは、日本実業団陸上競技連合が2015年に導入した「マラソン日本記録突破褒賞制度」によって、それぞれ1億円の報奨金を手にしている。

その他、2018年4月のボストンマラソンで日本人として31年ぶりに優勝した川内優輝や、8月のアジア競技大会で日本勢32年ぶりの金メダルを手にした井上大仁、12月の福岡国際マラソンを制した服部勇馬など、さらなる記録更新を狙うランナーがそろうなか、2020年を迎えることとなる。

大迫傑は2時間5分50秒で日本記録を更新。東京五輪に向けて視界は良好だ
大迫傑は2時間5分50秒で日本記録を更新。東京五輪に向けて視界は良好だ大迫傑は2時間5分50秒で日本記録を更新。東京五輪に向けて視界は良好だ

世界を驚愕させた「裸足のアベベ」

世界を見てみると、男子マラソンは欧米諸国やアフリカ勢がトップクラスをリードしている。なかでも過去に印象的な活躍を残したのは、ジム・ピーターズ(イギリス)だ。彼は1950年代に世界記録を4度塗り替え、1947年にソ・ユンボク(監督)が記録した2時間25分39秒から2時間17分39秒まで、8分もタイムを縮めている。

また、アベベ・ビキラ(エチオピア)はオリンピックの男子マラソンで初めて連覇を達成した。1960年のローマ五輪では、大会直前にシューズが壊れるアクシデントに見舞われたなか、石畳も含まれたコースを裸足で完走し、見事に2時間15分16秒という当時の世界記録で優勝。サハラ以南出身のアフリカ人として初のオリンピック金メダル獲得だった。続く1964年の東京五輪でも世界記録を更新し、オリンピックでの連覇を成し遂げている。

日本勢が進歩を続けていることは確かだが、陸上長距離種目における世界の壁は厚い。1965年に重松が世界記録を樹立してから53年の月日をかけて、日本人ランナーが縮めたタイムは6分10秒であるのに対して、世界記録はこの約50年で10分以上縮まっている。2018年9月16日のベルリンマラソンでエリウド・キプチョゲ(ケニア)が出したタイムは2時間1分39秒で、史上初の2時間1分台に突入した。世界最速をめざすランナーたちの争いは今後も激しさを増していくことだろう。

イギリスのジム・ピーターズは1950年代に世界記録を4度も塗り替えている
イギリスのジム・ピーターズは1950年代に世界記録を4度も塗り替えているイギリスのジム・ピーターズは1950年代に世界記録を4度も塗り替えている

五輪金メダリストの野口みずきが記録を保持

1980年代から2000年代にかけて、女子マラソンの日本記録は続々と更新された。オリンピックメダリストである有森裕子は、1991年の大阪国際女子マラソンで当時日本最速の2時間28分01秒を記録。翌1992年には、小鴨由水(こかも・ゆみ)が同大会で2時間26分26秒に縮めた。1994年には、朝比奈三代子が2時間25分52秒を出し、日本人女性で初めて2時間25分台に到達した。

1998年から2001年の間には、シドニー五輪金メダリストの高橋尚子が3度の日本記録更新を達成している。1998年3月の名古屋国際女子マラソンで2時間25分48秒のタイムを出すと、同年12月のアジア競技大会では約4分縮めて2時間21分47秒でフィニッシュ。2001年のベルリンマラソンでは、さらに約2分上回る2時間19分46秒を記録した。2時間19分46秒は当時の世界最高記録だった。

2004年にベルリンマラソンに出場した渋井陽子は、高橋のタイムを5秒縮めた2時間19分41秒を記録。そして、2005年の同大会で野口みずきが出した2時間19分12秒は、2018年11月30日時点で破られていない。近年では、2017年の名古屋ウイメンズマラソンで安藤友香が出した2時間21分36秒が最も野口の記録に近いものだったが、久々の日本記録更新とはならなかった。アテネ五輪での野口以来となる日本勢のオリンピックメダル獲得に向けて、新たなトップランナーの誕生が待たれる。

イギリスのポーラ・ラドクリフがたたき出した2時間15分25秒という記録は15年以上も破られていない
イギリスのポーラ・ラドクリフがたたき出した2時間15分25秒という記録は15年以上も破られていないイギリスのポーラ・ラドクリフがたたき出した2時間15分25秒という記録は15年以上も破られていない

15年間破られていない2時間15分25秒

女子マラソンが国際陸上競技連盟の公認を受けた最初の大会は、1979年の東京国際女子マラソンだった。オリンピックへの登場は1984年のロサンゼルス五輪からで、それ以前は「男性のスポーツ」という認識が強かったとされている。

先駆けて活躍したのは、170センチを超える長身のグレテ・ワイツ(ノルウェー)だった。中距離からマラソンに転向した彼女は、1978年のニューヨークシティマラソンを2時間32分30秒の世界記録で制すると、その後、自身の記録を3度更新。1983年のロンドンマラソンは、2時間25分29秒で走り抜いた。

1998年のロッテルダムマラソンでは、テグラ・ロルーペ(ケニア)が2時間20分47秒のタイムを出し、男子同様に女子でもアフリカ勢の力を示した。2001年9月30日には、高橋尚子がベルリンマラソンで日本人初の世界記録を樹立。ただ、その記録はわずか7日で破られている。直後の10月7日に行われたシカゴマラソンで、キャサリン・ヌデレバ(ケニア)が2分18分47秒に塗り替えている。

その後は、400メートルから陸上選手としての本格的なキャリアをスタートさせたポーラ・ラドクリフ(イギリス)が2度、世界記録を更新している。2003年のロンドンマラソンで残した2時間15分25秒は、それ以前のタイムを2分近く縮める驚異的な記録で、15年が経った2018年11月30日時点でもなお、破られていない。

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