武井壮:十種競技元王者にしてマスターズ金メダリスト。「百獣の王」は指導者としても一流

小学生時代に考案した独自理論の正しさを証明

陸上十種競技の元日本王者であり、タレントとしても大活躍。「百獣の王」を自称する武井壮は、世界マスターズ陸上競技選手権大会で世界記録に挑戦するなど今なおアスリートとしての情熱を燃やし続けている。2020年東京五輪の十種競技メダル候補である右代啓祐(うしろ・けいすけ)も、彼のアドバイスを受けて急成長を遂げた一人だ。

テレビで活躍する武井壮は1997年、第81回日本陸上競技選手権大会の男子十種競技で優勝を果たしている
テレビで活躍する武井壮は1997年、第81回日本陸上競技選手権大会の男子十種競技で優勝を果たしているテレビで活躍する武井壮は1997年、第81回日本陸上競技選手権大会の男子十種競技で優勝を果たしている

北京五輪メダリスト朝原宣治らとともにマスターズ優勝

2018年9月16日、スペインのマラガで開催されていた世界マスターズ陸上競技選手権大会で、日本人たちが輝いた。男子の45歳から49歳を対象とするM45クラスの4×100メートルリレーにおいて、日本チームが金メダル獲得の快挙を成し遂げた。

メンバーは日本人の40代男性で初めて100メートル10秒台を記録した譜久里武(ふくざと・たけし)、新潟で保健体育や陸上の講師をしている佐藤政志、100メートル10秒02の自己記録を持ち、2008年北京五輪の男子4×100メートルリレーで銀メダルを獲得するなど抜群の実績を誇る朝原宣治(のぶはる)、そしてタレントの武井壮の4人だ。

「世界記録をめざします!」と武井が高らかに宣言したとおり、4人は1999年にイギリスが出した43秒42という世界記録の更新を目標としていた。1走が武井。譜久里、佐藤とつないで朝原がアンカーを務める布陣で挑んだ日本は、2位以下に大差をつけ先頭でゴールした。タイムは43秒77。世界記録には0秒35届かなかった。

朝原は2008年9月に現役を引退し、その後はほとんどトレーニングをしていなかった。だが、大学時代に国民体育大会の4×100メートルリレーで兵庫県代表のチームを組んだことのある武井らに誘われ「現役復帰」を決意。衰えていた筋力を現役時代に近いレベルまで引き上げて大会に臨み、優勝に貢献した。

ちなみに、この大会には朝原以外にもオリンピック経験者が出場している。たとえば女子の45歳から49歳を対象とするW45クラスの2000メートル障害では、2008年北京五輪3000メートル障害に出場した経験を持つ早狩実紀(はやかり・みのり)が6分51秒51の世界新記録を打ち立てて金メダルを獲得している。

スポーツへの造詣が深いことから、国際大会のイベントなどにも積極的に参加している
スポーツへの造詣が深いことから、国際大会のイベントなどにも積極的に参加しているスポーツへの造詣が深いことから、国際大会のイベントなどにも積極的に参加している

独自の理論で自らを高め、十種競技王者に

「テレビタレント」としての認知度が高い武井は、「百獣の王」を自称し、さまざまな野生動物の倒し方を披露するネタで一躍、有名になった。だが、本来は「日本チャンピオン」の肩書を持つれっきとしたアスリートだ。

1973年5月6日生まれ。東京都葛飾区出身で、小学生のころはストップウォッチ片手に通学路をダッシュするほど走るのが大好きな少年だった。当時から運動神経抜群で、中学では野球、高校ではボクシングに励み、陸上を始めたのは神戸学院大学に進学してから。最初は100メートル、のちに十種競技に転向した。

一つの競技に没頭せず、さまざまなスポーツに取り組んだのには理由がある。彼は「パーフェクトボディコントロール」という理論を掲げている。「頭の中でイメージしたとおりに体を動かせるようになれば、技術習得のスピードが上がる」という考え方だ。小学生のころに発案したというこの理論を自ら証明するためさまざまな競技に向き合い、たどり着いたのが複数の種目をこなす十種競技だった。

神戸学院大学在学中に十種競技を始め、卒業後は中央学院大学3年次に編入。そして4年次の1997年に第81回日本陸上競技選手権大会の男子十種競技で優勝し、見事、日本チャンピオンになった。この時、100メートル走で記録した10秒54というタイムは、2015年の日本陸上競技選手権大会混成競技で音部拓仁(おとべ・たくみ)が10秒53の記録を出すまでの18年間、十種競技における100メートル走の日本記録だった。

武井を「尊敬している師匠」と慕う右代啓祐は2018年、アジア競技大会の男子十種競技で優勝を果たしている
武井を「尊敬している師匠」と慕う右代啓祐は2018年、アジア競技大会の男子十種競技で優勝を果たしている武井を「尊敬している師匠」と慕う右代啓祐は2018年、アジア競技大会の男子十種競技で優勝を果たしている

指導者としても有能。メダル候補の右代啓祐にも影響

その後はゴルフ未経験者ながらある企業によるスポーツゴルフ特待生のテストに合格し、プロゴルファーをめざしてアメリカに留学する。1年足らずでベストスコア69とプロ並みの腕前になった。

アメリカ生活のある日、減量のために走っていた山中で野生のシカと遭遇し、命の危険を感じたことから「動物から生き延びるためにどうすればいいのか」を考えるようになった。シカは体長3メートルほどあったというから、おそらくヘラジカだろう。いずれにしても、この体験が「百獣の王」を志すきっかけとなった。その過程で再びアスリートとしての能力を高めるようになり、これまでの実績が評価される形で台湾プロ野球、中信ホエールズの特別コーチとしてフィジカルトレーニングやスプリント能力向上のための指導を行った。

日本陸上競技連盟の混成競技合宿で臨時コーチを務めたこともある。その時に指導した現在の十種競技の第一人者、右代啓祐(うしろ・けいすけ)は「競技だけやっていても強くならない」という武井のアドバイスを機に体幹トレーニングにも取り組むようになり、それまで苦手としていた100メートル、400メートル、1500メートルといったランニング系でもポイントを稼げるようになった。右代は2011年に日本人として初めて8000点オーバーを達成し、2020年東京五輪のメダル候補に挙げられているが、武井の存在なしにはここまで成長できなかったかもしれない。

武井は現在、タレントとして多忙な日々を送りつつ、毎日1時間のスプリント系トレーニングを続けている。その先にはこれまでどおり新しい挑戦があるはずだ。「近代五種で2020年の東京五輪をめざす」と話したこともある。45歳で世界制覇を成し遂げた男は、次は何に挑む姿を見せてくれるのだろうか。

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