登坂絵莉:リオ五輪金メダリストの登坂は、横一線の五輪代表争いから抜け出せるのか

リオデジャネイロ五輪、女子レスリング48キロ級で金メダルを獲得した登坂絵莉。リオ五輪前は59連勝をするなど“女王”として君臨していたが、近年は怪我の影響もあり、精彩を欠いている。その間にライバルたちが登場し、50キロ級の東京五輪代表選考は横一線状態だ。どう巻き返すのか、登坂の今後の試合ぶりが注目されている。

登坂絵莉は、練習の虫として、59連勝を挙げ、リオデジャネイロ五輪では金メダルを獲得した
登坂絵莉は、練習の虫として、59連勝を挙げ、リオデジャネイロ五輪では金メダルを獲得した登坂絵莉は、練習の虫として、59連勝を挙げ、リオデジャネイロ五輪では金メダルを獲得した

遊び感覚で始めたレスリング。強さを求めて名門・至学館高校へ

登坂絵莉は1993年8月30日生まれ、富山県富岡市出身。レスリングを始めたのは小学3年生の9歳のときだ。レスリンググレコローマンスタイル48キロ級で国体優勝経験のある父が、外遊びが嫌いな兄を高岡ジュニア教室へと誘い、そこへ登坂もついてったことがきっかけだった。そのとき見たウォーミングアップのマット運動が楽しそうに見え、自身もレスリングをやりたいと思ったという。教室に通うようになってからも、“遊び感覚”でレスリングに親しんでいった。

高岡市立南星中学校へ入学するとMIYAHARA GYMに移り、さらにレスリングの練習に明け暮れる。それまで週3回だった練習を、毎日行うことで強化を図り、2006年の中学1年生のときに、ジャパンビバレッジクイーンズカップ37キロ級、全国中学生選手権37キロ級で3位。2年時は階級を上げて、ジャパンビバレッジクイーンズカップ40キロ級、全国中学生選手権41キロ級ともに3位、JOC杯カデット40キロ級で2位となった。再び高岡ジュニア教室に戻った最終学年の3年生では、全国中学生選手権41キロ級で見事に優勝を成し遂げた。

2009年、登坂は吉田沙保里や伊調馨などを輩出した至学館高校へと進学した。父から「強くなれるのはここだ」と勧められて選んだ進学先だった。さすが名門校だけあって、「レベルの高さや練習のきつさからレスリングをやめたいと思った」という。

厳しい環境で過ごした登坂は、高校1年のときに、全日本女子選手権(カデット)46キロ級で3位、全日本女子オープン選手権46キロで2位の成績を残す。高校2年のときは、ジュニアクイーンズカップ46キロ級(カデット)、JOC杯カデット46キロ級で2位、全国高校女子選手権46キロ級で優勝する。高校3年生では、ジュニアクイーンズカップ(ジュニア)48キロ級で2位、アジア・ジュニア選手権48キロ級、全国高校女子選手権46キロ級で優勝した。また、全国高校女子選手権46キロ級は連覇を達成した。

そして、シニアに混ざって出場した全日本選手権48キロでは、この階級の第一人者でもあった山本美憂を2回戦で破って金星をあげた。快進撃を続けて決勝に進むも、小原日登美に敗れて、悔しい2位となった。

登坂(中央)は2015年の全日本選手権を制し、リオ五輪代表資格を獲得した
登坂(中央)は2015年の全日本選手権を制し、リオ五輪代表資格を獲得した登坂(中央)は2015年の全日本選手権を制し、リオ五輪代表資格を獲得した

2012年~2015年まで59連勝を成し遂げる

2012年に至学館大学へ進学した登坂は、51キロ級に階級を上げてJOC杯ジュニアに出場し、優勝を果たす。そして、階級を48キロ級に戻して臨んだ全日本選抜選手権でも優勝。その結果、世界選手権48キロ級の代表に選ばれた。

世界選手権では、決勝戦でベラルーシのワネサ・カラジンスカヤと対戦し、チャレンジ(ビデオ判定要求)で一度は登坂の勝利が告げられるが、相手側が再度チャレンジし、判定が覆ってしまう。本来なら、チャレンジ後に出た結果に対して再チャレンジは認められないため、登坂サイドは猛抗議するものの、結局、受け入れてもらえず、疑念が残る準優勝となった。

その悔しさを晴らすかのごとく、その後に出場した試合はすべて優勝するという快進撃を見せ、登坂は“48キロ級の女王”として君臨する。出場する大会はすべて優勝という状況は、2012年から2015年まで続き、59連勝という大記録を残す。連勝中に、全日本選手権48キロ級3連覇、全日本選抜選手権48キロ級3連覇、世界選手権48キロ級3連覇を成し遂げた。

2015年の世界選手権を制したことで、年末に行われる全日本選手権に出場さえすれば、規定によりリオ五輪代表に内定した。その全日本選手権では、力の強い外国人選手を想定し、1階級上げた53キロ級で出場し、決勝は接戦となりながらも見事に優勝するという安定感を見せつけた。

だが、2016年2月のアジア選手権準決勝で、中国のスン・ヤナン(孫亜楠)に敗れて3位となり、その輝かしい連勝記録にピリオドが打たれた。

アゼルバイジャンのマリア・スタドニクに逆転勝ちする形でリオ五輪を制した
アゼルバイジャンのマリア・スタドニクに逆転勝ちする形でリオ五輪を制したアゼルバイジャンのマリア・スタドニクに逆転勝ちする形でリオ五輪を制した

リオ五輪で大逆転の金。その後は怪我との戦いに

連勝は途切れたものの、“初心に戻る”と切り替えて臨んだのがまさしくリオ五輪の舞台だった。登坂は2回戦からの登場となり、初戦はカザフスタンのジュルジズ・エシモワを6-0で下し、準々決勝ではアメリカのヘイリー・アウゲロに11-2で圧勝。準決勝の相手はアジア選手権で敗れた中国のスン・ヤナン。登坂は着実にポイントを重ねて、8-3で2月の屈辱を晴らした。

決勝の相手はアゼルバイジャンのスタドニク。1-2でリードされるが、残り時間13秒で、片足タックルから相手のバックを取って3-2と逆転する。そのまま試合終了のホイッスルが鳴り、登坂は念願だった金メダルを獲得した。試合後、「一番感謝するのは弱いときから信じてくれた家族。人生で今のところ一番の親孝行です」と語った。家族の力があってこそのメダルだった。

リオ五輪後、登坂はリオ五輪での活躍が評価され、70キロ級で金メダルを獲得した田知本遥とともに、富山県県民栄誉賞を受賞。式典後に行われたパレードには、雨の中にも関わらず2万人以上のファンが歓声をあげた。さらに11月には紫綬褒章を受章した。

1歳上の入江ゆき(上)は、現時点で登坂にとっての最大のライバルといえる
1歳上の入江ゆき(上)は、現時点で登坂にとっての最大のライバルといえる1歳上の入江ゆき(上)は、現時点で登坂にとっての最大のライバルといえる

そんな順風満帆に見えた登坂だったが、その裏では怪我との戦いが始まっていた。

2017年1月に古傷の左足親指の手術を受けると世界選手権を欠場し、復帰戦となる9月の日本女子オープン選手権53キロ級では優勝を果たす。ところが12月の全日本選手権では、新しく作られた50キロ級に出場するものの、準々決勝の勝利後に、左膝と左足首の怪我の影響で棄権する。

2018年6月、全日本選抜選手権で戦列には戻ったものの、準決勝で入江ゆきに敗れて3位となり、世界選手権の代表を逃した。12月の全日本選手権では、4-4の同点スコアであったものの、内容差で入江に敗れ、またしても3位に終わる。この敗戦を受け、「負けた現実は変えることはできない。今日からがスタートです」と、再起を誓うことになった。

登坂が怪我で思うような結果を出せないなか、登坂に2度勝利している入江ゆき、2018年の世界選手権を制した須崎優衣など、東京五輪に向けたレスリング50キロ級は強豪ひしめく階級に変貌していた。五輪2連覇を目指す登坂にとって、6月の全日本選抜選手権で優勝できるかどうかが、大きな鍵となるだろう。

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