白井健三:求められる「スペシャリスト」から「オールラウンダー」への成長

白井健三選手
白井健三選手白井健三選手

カタールのドーハで2018年10月25日から行われた世界体操競技選手権。男子団体は銅メダルに輝き、東京五輪出場権を獲得した。しかし、体操競技全体としての成績を見れば、女子も含め、2007年以来の金メダルゼロ。絶対的エースの内村航平が負傷し、「万全ではなかった」との分析もできるが、この結果に、一番「忸怩たる思い」を抱いているのは、1996年トリオの1人、白井健三だろう。

得意種目はゆかと跳馬。ともに3つの「シライ」の名前を冠する技を持つスペシャリストだ。特に、ゆかの「シライ3」は、後方2回伸身2回宙返り3回ひねりで、最高のH難度となっており、「ひねり王子」の異名がだてではないことが分かる。

実際、今回の世界体操競技選手権では、ゆかで銀メダル、跳馬で銅メダルを獲得した。スペシャリストとして最低限の結果は残したが、「オールラウンダー」としての活躍が期待されて臨んだ個人総合は7位に終わり、東京五輪に向けての課題に直面する結果となった。

世界体操競技選手権2018の種目別ゆかで銀メダルを獲得
世界体操競技選手権2018の種目別ゆかで銀メダルを獲得世界体操競技選手権2018の種目別ゆかで銀メダルを獲得

“スーパー中学生”は“スーパー高校生”、そして“ひねり王子”に

白井健三は1996年8月24日、神奈川県横浜市に生まれた。父・勝晃は体操クラブの代表兼コーチ、母・徳美も体操のコーチ、長兄の勝太郎、次兄の晃二郎も体操選手だ。健三が体操の道に進むことは、生まれる前からの必然だったのだろう。3歳で体操を始めた健三は、小学校3年生で鶴見ジュニア体操クラブに入門。体操選手として本格的な競技人生を歩み始める。

白井が初めて注目を集めたのは、横浜市立寺尾中学校に通う3年生の時だった。2011年11月に、千葉で開催された全日本体操競技団体・種目別選手権大会の種目別ゆかで、2位に入賞し、世間を驚かせる。ちなみに、この時ゆかで1位だったのは、日本体操界のエース・内村航平だ。

翌年、神奈川県立岸根高等学校に進学すると、“スーパー中学生”は“スーパー高校生”と呼ばれるようになる。2012年に中国・プーティエンで開催されたアジア体操競技選手権大会に日本代表として出場し、種目別のゆかで優勝。跳馬でも6位入賞を果たすなどの活躍を見せる。そんな白井が2013年にナショナル(競技力の向上を目的とする選抜チーム)選手となるのは当然の流れであっただろう。

2013年6月の全日本体操種目別選手権では、種目別ゆかで初優勝。男子史上最年少の16歳で、10月にベルギーのアントワープで開催される世界体操競技選手権の代表に選出され、同大会の種目別ゆかで金メダルに輝く。当時の白井はまだ17歳。日本最年少記録となった。また、この時に「シライ/グエン」と命名されるF難度の新技・後方伸身宙返り4回ひねりと、「シライ2」と命名される前方伸身宙返り3回ひねりを成功。また、4位入賞した跳馬でも「シライ/キムヒフン」と命名される伸身ユルチェンコ3回ひねりを成功させている。

2013年6月の全日本体操種目別選手権の種目別ゆかで初優勝
2013年6月の全日本体操種目別選手権の種目別ゆかで初優勝2013年6月の全日本体操種目別選手権の種目別ゆかで初優勝

高校3年生となった2014年には、中国・南寧で開催された世界体操競技選手権で団体2位、ゆか2位、跳馬4位と活躍。そのほか、さまざまな国際大会で優れた成績を残し、体操の名門である日本体育大学へと進学する。

ゆかと跳馬、あわせて6つの「シライ」

2015年にイギリスのグラスゴーで開催された世界体操競技選手権では、内村航平、田中佑典、加藤凌平、早坂尚人、萱和磨とともに団体に出場した。得意のゆかで高得点を挙げて、同大会で37年ぶりとなる金メダル獲得に貢献した。また、白井は種目別ゆかでも金を獲得して、翌年に控えたリオデジャネイロ五輪に弾みをつけた。同年12月の豊田国際体操競技大会では、H難度の後方伸身2回宙返り3回ひねりを成功。この技は「シライ3」と命名される。

そして、迎えた2016年のリオデジャネイロ五輪では、内村、加藤、田中、山室光史とともに、団体総合に臨む。予選では、田中と山室が平行棒で落下。内村も鉄棒で失敗したほか、白井もゆかでラインオーバーの減点があり、4位と出遅れてしまう。しかし、決勝では白井が跳馬とゆかで高得点を挙げるなど、チームをけん引。ロシアと中国を抑え、3大会ぶりの金メダル獲得を成し遂げる。

また、種目別では、得意のゆかで、着地が乱れて4位に終わるものの、跳馬では伸身ユルチェンコとび3回半ひねり、のちに「シライ2」と名付けられる新技を披露し、銅メダルを獲得する。跳馬における日本選手の表彰台は、1984年のロサンゼルス五輪で銀メダルを獲得した森末慎二と具志堅幸司以来の快挙となった。

白井は翌年2月、種目別ワールドカップ・メルボルン大会の跳馬で、シェルボ2回ひねり、自身の名前を冠した6つ目の技「シライ3」に成功する。まさに、ゆかと跳馬のスペシャリストとしての地位を絶対的なものにした瞬間だった。その一方で、白井は「オールラウンダー」として、団体総合を引っ張る役割も期待されるようになる。また、同年カナダのモントリオールで開催された世界体操競技選手権では、個人総合7連覇が懸かっていた内村航平が、競技中の負傷で棄権。白井は日本勢でただ1人決勝に進出し、銅メダルを獲得した。この大会で白井は、種目別のゆかと跳馬で金メダルを獲得。同大会では団体戦は行われなかったが、内村不在でも白井が代わりにエースとして、日本チームをけん引するという青写真が描かれるようになった。

求められるエースの自覚

2018年10月、カタールのドーハで開催された世界体操競技選手権では、大会直前に内村が再び負傷し、個人総合を欠場するなど、日本の命運は白井に託されることとなった。白井は団体総合で銅メダル、種目別ゆかで銀メダル、跳馬で銅メダルを獲得するなど、最低限の役割を果たす結果にとどまった。オールラウンダーとしての成長が期待された個人総合では7位に終わる。競技後のインタビューで、さばさばとした表情を見せた白井だったが、内心は穏やかでなかったはずだ。

白井は、内村航平という先輩のほかに、谷川航と萱和磨という1996年生まれの2人のライバルに恵まれた。2020年の東京五輪はルール変更により、団体総合の定員が4人になる。若きエースとしての期待を一身に集める白井健三は、果たしてどこまでオールラウンダーとして成長できるのか、今、さらなる覚醒が求められている。

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