福島千里:東京五輪は「選手生活の集大成」。2018年の苦戦を払拭し、4度目の大舞台を狙う

100メートルと200メートルの日本記録を保持

女子陸上の100メートルと200メートルに加え、4×100メートルリレーのエースとして長らく活躍してきたのが福島千里(ちさと)だ。東京五輪の開催直前の2020年6月に32歳になる。経験豊富なスプリンターは、運動会のかけっこで常に一等だった小学生時代から積み重ねてきたすべてをかけて、4度目のオリンピック出場をめざす。

100メートルで11秒21の日本記録をたたき出したのは2010年。高校卒業後に能力がぐんと伸びた
100メートルで11秒21の日本記録をたたき出したのは2010年。高校卒業後に能力がぐんと伸びた100メートルで11秒21の日本記録をたたき出したのは2010年。高校卒業後に能力がぐんと伸びた

中高時代には頂点に立つことはできず

 日本女子の短距離走者のなかでは絶対的な存在と言っていい。100メートルは11秒21、200メートルは22秒88と、2つの種目で日本記録を持っている。 

福島千里(ちさと)は1988年6月27日に北海道幕別町に生まれた。運動会のかけっこでは常に一等。小学4年生の時、先生に勧められて陸上クラブに入った。夏は陸上、冬はスピードスケートに取り組み、体を動かす楽しみを感じながら自然に脚力や瞬発力に磨きをかけていった。 

地元の糖内中学校時代から全日本中学校陸上競技選手権大会など全国レベルを経験している。帯広南商業高校に進学後も、全国高等学校総合体育大会に出場することができたが、中高時代に頂点に立つことはなかった。同学年で、日本女子100メートルの歴代2位のタイムを持つ高橋萌木子(ももこ)の後塵を拝することが多かった。 

2007年、高校卒業後に進んだ北海道ハイテクノロジー専門学校で、才能がぐんと伸びた。同校の陸上部で元陸上選手の中村宏之氏の指導を受けると、2008年には100メートルで11秒36という当時の日本タイ記録をマークした。その年、北京で行われたオリンピックの100メートル代表に選ばれた。

リオデジャネイロでは故障で100メートルを欠場。200メートルに専念したが、予選突破は果たせなかった
リオデジャネイロでは故障で100メートルを欠場。200メートルに専念したが、予選突破は果たせなかったリオデジャネイロでは故障で100メートルを欠場。200メートルに専念したが、予選突破は果たせなかった

日本陸上競技選手権大会では7連覇 

1次予選敗退となった北京五輪を振り返り、福島は「一番大きなターニングポイントでした」と語ったことがある。「オリンピックを目標にしていましたし、あれだけの大きな舞台で走れたのはうれしかった」からだ。 

ただ、福島は以降も前を見続けた。いわく「目標は常に逃げていくもの」。「目標を達成したら、新しい目標が生まれる」という向上心の持ち主で、だからこそ日本陸上競技選手権大会の100メートルでは2010年から2017年まで7連覇を達成できたのだろう。2011年、韓国で行われた世界陸上競技選手権大会では日本女子史上初となる準決勝進出を果たしている。 

オリンピックは北京以降、ロンドン、リオデジャネイロと3大会連続で出場している。ロンドンでは100メートルと200メートルの舞台に立ったが、いずれも予選敗退。リオデジャネイロでは左太ももを痛めたため100メートルを欠場する事態に見舞われた。200メートルには出場したものの、予選敗退に終わった。 

東京五輪まで2年と迫った2018年は苦しい一年だったと言えるかもしれない。8月に行われたアジア競技大会の100メートルでは予選落ち。「不本意。何をやっているのかな」と自身のふがいなさを嘆いた。両アキレス腱に痛みがあるため、200メートルは棄権せざるを得なかった。

 視界は決して良好とは言えない。だが、東京五輪には是が非でも出たい。「選手生活の集大成としているほど思い入れは強い」と話す。いわく「目標は常に逃げていくもの」。その目標を手にすべく、福島千里は全力疾走を続ける。

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