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脇本雄太:中学時代は科学少年|亡き母を思い、東京五輪で自転車世界一を目指す【アスリートの原点】

競技を始めわずか1年で国体優勝、東京五輪では金メダルを

文: オリンピックチャンネル編集部 ·

決して裕福ではなかったが、母は高校時代、約40万円の自転車を買ってくれた。競輪と並行して自転車競技の技術も磨いてきた脇本雄太(わきもと・ゆうた)。亡き母に言われた「次は世界一」を目指すアスリートの若き日を振り返る。

2020年2月、ドイツで行われた世界選手権では男子ケイリンで銀メダルを獲得。東京五輪に向けて視界は良好だ

小さい頃は家でテレビゲームに熱中

愛称はワッキー。60センチの太もも、99センチの胸囲、169キロに至る背筋力と、鍛え上げられた体でペダルを踏む。2020年6月には、1年延期となった東京五輪出場が内定。脇本雄太は自転車のトラック種目で金メダルを目指す。

1989年3月21日、福井県福井市に生まれる。決して裕福な家庭ではなかった。小学生の頃、両親が離婚。看護師として働く母親の幸子さんが、5人の子供を育てた。

競技との出合いは遅い。脇本とともに東京五輪出場内定を得た新田祐大(にった・ゆうだい)は、小学生の頃から自転車に親しんでいたが、脇本の場合は違った。高校に入学するまで、ほとんどスポーツと縁がなく、家ではテレビゲームに熱中していた。

足羽中学校では科学部に在籍。学校の中庭にいる生物を観察したり、実験をしたりという放課後を過ごしており、本人は「どちらかと言えば、いじめられる方だった」だったと振り返る。

福井県立の科学技術高等学校に進学したのも、科学が好きだったからだ。ここで人生が大きく転換する。友人に誘われるまま、自転車競技部に入った。担任の先生が自転車競技部のコーチだったこともあり、「サイクリングが楽しめるのかな」と、あまり深く考えずに入部したと振り返る。

リオデジャネイロ五輪では13位で予選敗退(右から2人目)。東京五輪は雪辱を果たす舞台となる

2011年、最大の理解者だった母を亡くす

軽い気持ちでペダルを踏み始めた脇本少年だったが、瞬く間に結果を出す。競技を始めわずか1年、2年生で国民体育大会の少年1キロタイムトライアル優勝を果たす。3年次にも同大会の同種目で頂点に立った。

誰よりも喜んでくれたのは、女手ひとつで育ててくれた母だった。家計は決して裕福ではなかったが、母は脇本が高校2年生の時、40万円ほどの競技用自転車を買ってくれた。「どんな状況になっても諦めてはダメ」と言ってくれる母の存在が大きな支えだった。高校時代にオリンピックを意識するようになる。

高校卒業後、日本競輪選手養成所に入学する。2008年7月に競輪デビューを果たし、初勝利を飾った。競輪と並行して自転車競技でのオリンピック出場を目指す中、2011年、最大の理解者だった母の幸子さんを肝臓がんで亡くす。2012年のロンドン五輪は落選。しかし2014年のアジア自転車競技選手権大会の男子エリートケイリンで頂点に立つと、2016年3月のトラック世界選手権ではケイリンで5位入賞を果たした。

満を持して出場したリオデジャネイロ五輪。だが結果は13位だった。

東京五輪は雪辱の舞台となる。仕上がりは順調と言っていい。2019年の競輪S級賞金ランキングでは約1億2000万円の2位。実弟・勇希(ゆうき)や小松原正登(こまつばら・まさと)に師匠としてアドバイスを送ることで、自らも成長を遂げた。2020年2月の世界選手権では銀メダルを獲得。10月に行われた競輪の寛仁親王牌では、圧巻のスピードを見せ、2年ぶり2度目の優勝を果たしている。

母は生前、「日本一になったら、次は世界一だね」と言ってくれた。息子も本気だ。東京五輪での金メダル獲得を公言し、「“人生のゴール”のつもりで頑張ります」と意気込む。

選手プロフィール

  • 脇本雄太(わきもと・ゆうた)
  • 競輪選手/自転車トラック競技選手
  • 生年月日:1989年3月21日
  • 出身地:福井県
  • 身長/体重:180センチ/82キロ
  • 血液型:A型
  • 出身校:足羽中(福井)→科学技術高(福井)→日本競輪選手養成所 静岡
  • 所属:日本競輪選手会福井支部・ブリヂストン
  • オリンピックの経験:リオデジャネイロ五輪 
  • ツイッター(Twitter):脇本 雄太(@yuta_wakimoto)

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