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萩野公介:「日本のコースケ」がフェルプスを超える日

萩野公介

2016年リオ五輪の400メートル個人メドレーで金メダルを獲得し、世界を沸かせた萩野公介選手。どの種目を泳がせても速いマルチスイマーとして、幼少期からのライバル、瀬戸大也選手とともに、男子競泳界の双璧をなす存在だ。オリンピックで金メダル23個を取ったレジェンド、マイケル・フェルプス選手にちなみ、「和製フェルプス」の異名を持つ。リオ五輪後は、2015年に自転車で転倒し、怪我をした肘の手術の影響からか、成績が振るわなかったが、その後、不屈の精神で自分らしさを取り戻してきた萩野選手に、2020年東京五輪での活躍に期待がかかる。

男子水泳のエポックメーカー

萩野選手が2016年リオ五輪の400メートル個人メドレーで金メダル、200メートル個人メドレーで銀メダル、800メートルフリーリレーで銅メダルを獲得したことは記憶に新しい。初出場となった2012年ロンドン五輪では、400メートル個人メドレーで銅メダルを獲得。オリンピック2大会で出した日本記録は4回に及ぶ。

その前後2014~2018年の4年間のオリンピック以外の国際大会で手にしたメダルは、世界選手権で銀3個、世界短水路選手権で2個(金1銀2)、パンパシフィック水泳選手権で7個(金2銀4銅1)、アジア競技大会11個(金5銀3銅3)と輝かしい戦績を残してきた。

今年8月に行われた国際大会のパンパシフィック選手権では萩野選手は200メートル個人メドレーで1分56秒66の3位、400メートル個人メドレーでは4分11秒13の2位だった。続いて行われたアジア大会では、200メートル個人メドレーで1分56秒75の2位、400メートル個人メドレーでは4分10秒30で1位。結果を見ると、1位には届かなかったものの、タイムも順位も安定しているように見える。リオ五輪後に行った右ひじの手術の影響などから、一時はスランプに苦しんだが、じっくりと練習に打ち込むことで、コンディションを回復させてきたようだ。

そんな萩野選手は、エポックメーカーとして、圧倒的な存在感がある。2012年ロンドン五輪への出場を決めた日本選手権水泳競技大会の400メートル個人メドレーで、日本新記録(高校日本新記録)をマーク。男子競泳で五輪水泳に高校生で出場したのは、2000年シドニー五輪の北島康介選手以来のことだった。そのロンドン五輪では、400メートル個人メドレーで、日本新記録のタイムをたたき出し、日本人初のメダルを獲得する。その頃から、萩野選手が4泳法をこなす万能型スイマーであることもあり、プロ野球の大谷翔平選手の二刀流をしのぐ「四刀流」といわれるようになる。東洋大学に進学後も、日本選手権の200メートル・400メートルの個人メドレーでそれぞれ日本新記録をマークした。2016年リオ五輪では400メートル個人メドレーで獲得した金メダルは、平成生まれの日本人として、夏季五輪初となった。

競泳:準決勝および決勝 - 1日目 | リオ2016リプレイ

男子・女子400m個人メドレー決勝男子400m自由形決勝女子4x100mリレー決勝

技術と努力とリベンジの天才

1994年8月15日生まれ、栃木県小山市出身。幼い頃から水を恐れず、「2歳くらいから一人ですいすい泳いでいた」(母の貴子さん)という萩野選手は、小学校1年生夏から、父の仕事の関係で引っ越した愛知県で、スイミングスクールに通い始めた。当時のコーチは、長距離を泳がせてもタイムが落ちないその持久力に驚き、「何十年に一人の逸材」と確信。4泳法をまんべんなく教えて、鍛えたという。

小3でふるさとのスクールに入会。コーチは、萩野少年が背泳ぎで、肩を水面から上げながら水をかく、その姿を見て本当に驚いたという。普通、体格がしっかりする高校生になってから、やっと獲得できる泳ぎ型だからだ。またドルフィンキックのスピードの早さにも舌を巻いた。当時から効率的に水をつかんで推進力にすること、無駄のないキックを高い位置で持続することに優れていたという。

泳ぐテクニックだけでなく、逆境をバネにする力も子供の頃から備わっていた。中2の夏のジュニアオリンピックで、ライバルの瀬戸大也選手に負けたことや、ひざの手術をしたこともあり、練習に対する姿勢が変わったそうだ。苦手だった陸上トレーニングにも精を出すようになった萩野選手は、瀬戸選手に対して、翌年、きっちりとリベンジを果たす。手術後すぐに出場した50メートル背泳ぎでは、中学記録を出している。高校2年の2011年世界選手権代表選考会を、体調不良で棄権した後に、しばらくスランプが続いたが、11月のワールドカップで高校記録を連発し、2012年ロンドン五輪では400メートル個人メドレーで銅メダルをつかみ取った。

幼少期からライバルの萩野公介(右)と瀬戸大也(左)

もとより才能のある選手が逆境をバネに努力を重ね、自信を深めていったのだろう。2015年には、自転車で転倒して右ひじを骨折し、全治2カ月の重傷を負ったが、この苦難も乗り越えて、リオ五輪での快挙につなげている。リオ五輪後は、その右ひじを手術した影響で、しばらく泳ぎが安定せず、精神的な負担の大きかったようだが、先述した通り、2018年のアジア大会、パンパシでは、萩野公介らしさを取り戻している。

周囲の支えもプラスに、フェルプス超えに向かって

家族の仲も良いようで、母の貴子さんが作ったおにぎりの写真をSNSに載せたところ、温かい親子のやりとりにファンからは続々と反響が寄せられていた。こんな周囲の支えも萩野選手を強くしているのだろう。東京五輪に向けて、試練に打ち勝ち、どれほどの飛躍を見せてくれるのか。そして、憧れのフェルプス選手をいつか追い越すことができるのか。東京五輪での大いなる活躍にファンからの期待は高まるばかりだ。