藤井快は世界を飛び回る「会社員クライマー」。活躍の陰にあるのは妻のサポート

妻からの激励の電話が銀メダルを引き寄せる

東京都内のスポーツジムに務めながら、スポーツクライミングの選手として2020年の東京五輪出場をめざすのが藤井快(こころ)だ。鍼灸師の資格を持つ妻のサポートを受け、日本中の期待を背負うアスリートとして、まだ見ぬ高い壁を乗り越えるために日々奮闘している。

会社員との「二足のわらじ」を履きこなし東京五輪出場をめざす
会社員との「二足のわらじ」を履きこなし東京五輪出場をめざす会社員との「二足のわらじ」を履きこなし東京五輪出場をめざす

「妻の一声」で大逆転での決勝進出

新種目のスポーツクライミングで2020年の東京五輪出場を狙う藤井快(こころ)は、東京都内のスポーツジムで働く「会社員クライマー」だ。
1992年11月30日に静岡県で生まれ、浜松日体中学校に入学すると、山岳部の顧問の指導のもとでスポーツクライミングをスタート。浜松日体高校卒業までの6年間、練習に明け暮れた。

中京大学を経て社会人になると、2017年に会社の同僚と結婚。W杯などの国際大会出場のために世界各国を飛び回りながら、家族の生活を支えるため、時には大会前日に残業をこなすこともある。仕事とアスリートとしての活動を両立し、奮闘の日々を送る。そんな藤井の妻は、鍼灸師の資格を保有しており、食事面から体のケアまでを徹底的にサポートしている。なかでも2018年夏のアジア競技大会で藤井が銀メダルを獲得した裏には、彼女の存在が大きかった。

アジア大会は「ボルダリング」「スピード」「リード」の3種目の合計点で競う複合形式で行われた。東京五輪と同じフォーマットだ。藤井は、予選初日のスピードで17位と大きく出遅れると、午後の空いた時間にフィットネスジムでコンディションの調整を図った。しかし、2日目のボルダリングは6位に終わり、2種目終了時点で総合12位。予選の上位6人で戦う決勝への進出が危ぶまれた。

予選2日目の競技を終えて選手村に戻ると、妻から電話越しに試合までの過ごし方について厳しく指摘された。焦りの募っていた藤井は、体を動かしたい気持ちを制止して部屋にこもり、ストレッチなど軽めの調整を行うだけにとどめて休養の時間を十分に確保した。すると翌日のリードでは、失敗の許されない場面で完登して2位に食い込む。総合4位に浮上して大逆転で決勝進出を果たすと、最終的には銀メダルを勝ち取った。良き理解者であり、家庭内外におけるベストパートナーと言える妻は、藤井にとって欠かせない存在となっている。

3年連続の日本王者が示したメンタルの強さ

日本山岳・スポーツクライミング協会(JMSCA)は、2017年秋から東京五輪に向けた選手強化の一環として、「JMSCオリンピック強化選手」を指定し、対象の選手には強化合宿や国際大会への参加を補助している。メンバーは6カ月ごとに入れ替えられるなか、藤井は第1期から継続して選出されているように、東京五輪へ向けた活躍が大いに期待されている。

藤井がクライミングW杯のボルダリング部門でデビューを果たしたのは2013年5月で、2016年5月にインドで開催されたナビムンバイ大会で初優勝を達成。国内では、日本王者を決するボルダリング・ジャパンカップでは2016年から前人未到の3連覇を成し遂げている。

2018年の成績を振り返ると、W杯では5月に中国の重慶で行われた大会で1位に輝いたものの、その他の大会では表彰台入りも逃しており、年間総合6位と不満の残る結果となった。そんななか、インパクトのある成果を残したのが8月にインドネシアで開催されたアジア大会だった。

先に述べたように、予選では2種目を終えて12位につけながら大逆転で決勝進出。3種目複合で行われた決勝でも、スピードとボルダリングを終えた段階で6人中5位と後れを取った。この時点で金メダルの可能性は消えた。銀メダル獲得にも「他力」が必要な状態で、望みは薄かった。しかし、最終種目のリードも決してモチベーションを落とすことなく臨み、完登者が出なかった高難度の壁で最も高いホールド(突起物)まで到達し、同種目の1位に。合計で日本代表の楢﨑智亜をかわして2位に食い込んでみせた。

スポーツクライミングは一見、「壁を登るだけ」の単純な競技に見えて、筋力やスピード、頭脳などさまざまな能力を必要とする。アジア大会の予選、決勝を通して藤井が演じた逆転劇は、勝負事において大事な素質の一つであるメンタルの強さを存分に示した結果だった。

ボルダリング・ジャパンカップでは2016年から前人未到の3連覇を果たしている
ボルダリング・ジャパンカップでは2016年から前人未到の3連覇を果たしているボルダリング・ジャパンカップでは2016年から前人未到の3連覇を果たしている

スピードの強化が東京五輪出場へのカギ

複合で実施される3種目のなかで藤井が最も得意とするのは、制限時間内での到達高度を競うリードだ。競技を始めたばかりの浜松日体中学、高校時代に主に取り組んできたことも理由の一つだろう。2018年のアジア大会では予選、決勝ともに最終種目のリードが逆転達成のカギとなった。また、同年11月に開催されたアジア選手権では、リード種目での大会2連覇を達成している。

一方で、スピードにはやや苦手意識を持っており、複合で争う大会では、決勝進出を逃したり、順位を上げられなかったりする要因となっている。東京五輪が迫るなか、スピードの強化を急ピッチで行わなければならないことは明白だ。

スポーツクライミングの競技歴史はまだ浅く、複合は東京五輪での採用が決まったことがきっかけで、国際スポーツクライミング連盟が明確なルールづくりに着手したばかり。世界選手権で複合が実施されたのは2018年9月の大会が初めてで、「3種目とも世界トップレベル」と言い切れる選手のほうが少数派だ。他の日本人選手を見ても、スピードは欧州勢に後れを取っており、課題とされている種目と言っていい。

藤井はスピードの強化策として、2018から本格的に筋力トレーニングを開始している。テニスやサッカーなど他競技の選手の体の使い方を研究するなど勉強熱心なところもあり、それらの成果が期待されるのはまだまだこれから。藤井のように一つでも得意な種目があれば、それが精神面で支えとなり、アジア大会のような逆転を引き寄せる可能性を大きく広げる。

国内3連覇中の藤井と言えども、日本男子のスポーツクライミングは世界でもトップレベルを保っており、東京五輪の出場権を巡る争いは熾烈だ。2019年の世界選手権で上位7位以内に入れば五輪出場権を獲得することができるが、各国に与えられる出場枠は男女各2人まで。2018年のボルダリングのW杯年間ランクで藤井は総合6位に入っているものの、藤井を上回る2位に楢﨑智亜、3位に杉本怜がランクインしていることが、日本のレベルの高さを物語っている。

東京五輪での日本勢の表彰台入りが待望されると同時に、2020年を見据えた彼らの戦いは、最後の最後まで目が離せない、しびれる展開になることだろう。

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