【アスリートの原点】羽根田卓也:日本カヌー界の第一人者「ハネタク」は、高校卒業後に渡ったスロバキアで成長

9歳で出合ったカヌー競技で2大会連続のメダルをめざす

羽根田卓也はこれまで北京、ロンドン、リオデジャネイロと3度のオリンピックに出場し、リオではついに3位に入ってアジア人初のカヌー競技のメダリストとなった。日本ではまだメジャーとはいえないカヌー競技の技術を磨くため、18歳で本場スロバキアに渡り、心身ともに大きく成長した。「ハネタク」の愛称で親しまれる同選手は東京五輪を集大成と位置づけ、所属先や支えてくれた人への恩返しの気持ちを胸に、2大会連続の表彰台をめざす。

2度目のオリンピック出場となったロンドン五輪では7位入賞を果たした
2度目のオリンピック出場となったロンドン五輪では7位入賞を果たした2度目のオリンピック出場となったロンドン五輪では7位入賞を果たした

カヌー部のある高校に進学。3年次には日本選手権優勝

羽根田卓也が誕生したのは1987年7月17日。愛知県豊田市で暮らすスポーツ一家に生まれた少年は、幼いころから体を動かすことが好きで、7歳から器械体操を習っていた。ぶれない体幹やバランス感覚、均整の取れた筋肉の素地はそのころに養われたのかもしれない。小学1、2年生の時には水泳教室にも通っていた。

9歳になると、元カヌー選手で、現在も愛知県カヌー協会の理事長を務める父の邦彦さんに連れられ、地元の矢作川に出かけるようになった。最初のうちは嫌々連れて行かれていたが、競技会に出場するようになると、その奥深さに徐々にひかれていく。器械体操をやめ、カヌーに打ち込み始めた。ただし、中学生になるまではなかなか楽しさを味わえなかったという。

自身が通う朝日丘中学校にカヌー部はなく、地元のクラブや大学生に交じって指導を受けた。中学3年次には初めて国際大会に出場。ポーランドでの大舞台では42位と惨敗に終わった。世界の実力を前にして、カヌーへの思いが一気に強まった。

「高校はカヌー部がある学校を」と、豊田市にある杜若(とじゃく)高等学校に進学する。ただし、同部にはパドルを漕ぎながら急流を下ってタイムを争う「スラローム」種目に取り組む選手はほぼいない状況で、一人で練習に励むような日々が続いた。そして熱心な練習が実を結び、高校3年次にはついに日本選手権を制覇。国内では向かうところ敵なしとなった。同時期には世界選手権も経験している。

2008年8月、21歳の時に北京五輪に出場。初のオリンピックは予選14位という結果に終わった
2008年8月、21歳の時に北京五輪に出場。初のオリンピックは予選14位という結果に終わった2008年8月、21歳の時に北京五輪に出場。初のオリンピックは予選14位という結果に終わった

18歳で渡って以来「第二の故郷」スロバキアで生活

高校生にしてすでにカヌー競技の日本一の称号を手にした羽根田だが、このまま国内で練習を続けることへの危機感を抱いた。そもそも日本には人工のスラロームコースがなく、さらなる成長を続けるための練習環境が整っていなかった。

そこで羽根田は18歳の時、その後の人生を大きく変える決断を下す。カヌーの強豪国スロバキアのコーチの連絡先をなんとか入手し、日本から何度も連絡をとった。そしてスロバキアの大学に進学する。ただし、現地に知り合いはほとんどいないどころか、日本人居住者も少ない。初めのうちは英語もあまり通じない地での適応に苦しんだ。

3度目の出場となったリオデジャネイロ五輪では銅メダルを獲得。アジア人初のカヌー競技のメダリストとなった
3度目の出場となったリオデジャネイロ五輪では銅メダルを獲得。アジア人初のカヌー競技のメダリストとなった3度目の出場となったリオデジャネイロ五輪では銅メダルを獲得。アジア人初のカヌー競技のメダリストとなった

それでも、カヌーの練習のかたわら、大学に通ってスロバキア語を猛勉強し、今では「第二の故郷」と言えるほど愛着のある地になった。「何事もやってやれないことはないんだなと思った」と振り返ったことがある。技術面でも精神面でもたくましく成長し、北京五輪では予選14位、ロンドン五輪では7位入賞と着実に実績を積み上げていった。

ただし、オリンピックでの実績を手にした後でも、日本ではスポンサーについてもらえない困難に直面した。自らPR資料をつくり、まずは会社員として働きながら支援を依頼する。それでも話すら聞いてもらえず、門前払いされることも多かったという。

2013年、行き詰まりつつあった羽根田に手を差し伸べてくれたのが、現所属先のミキハウスだった。2016年のリオデジャネイロ五輪では銅メダルで恩返しをした。来たる東京五輪は支えてくれた人への感謝を伝えるには、より理想的な舞台となる。「前回を下回る結果は許されない」。4度目のオリンピックに挑む日本カヌー界の第一人者には、メダルへの道筋がはっきりと見えている。

選手プロフィール

  • 羽根田卓也(はねだ・たくや)
  • カヌー選手
  • 生年月日:1987年7月17日
  • 出身地:愛知県豊田市
  • 身長/体重:175センチ/70キロ
  • 出身校:朝日丘中(愛知)→杜若高(愛知)→コメニウス大(スロバキア)→コメニウス大 大学院(スロバキア)
  • 所属:ミキハウス
  • オリンピックの経験:北京五輪(予選14位)、ロンドン五輪(7位入賞)、リオデジャネイロ五輪(銅メダル)
  • ツイッター:Takuya Haneda 羽根田卓也(@Takuya_Haneda)
  • インスタグラム:Takuya Haneda/羽根田 卓也(@takuya_haneda)

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