2020年に「東洋の魔女」の再現なるか。メダル獲得が期待される5つの球技に注目

卓球の張本智和やサッカーの久保建英など若手に熱視線
「東洋の魔女」の再現を誓うバレーボール女子代表では、岩坂名奈(奥)がキャプテンを務める
「東洋の魔女」の再現を誓うバレーボール女子代表では、岩坂名奈(奥)がキャプテンを務める「東洋の魔女」の再現を誓うバレーボール女子代表では、岩坂名奈(奥)がキャプテンを務める

近年のオリンピックで日本は、競泳や柔道など個人競技での躍進が目立つ。しかし歴史を辿ると、球技でも輝かしい成果を残した過去がある。「東洋の魔女」として世界から恐れられた女子バレーが筆頭だ。2020年東京五輪での表彰台入りが期待される5つの球技を紹介する。

自国開催で「東洋の魔女」の復活を期す

「火の鳥NIPPON」の愛称で親しまれている日本女子バレーボール代表は、かつて「東洋の魔女」と呼ばれ、世界各国から恐れられた時代があった。初の世界大会出場となった1960年の世界選手権での銀メダルを皮切りに、1962年の同大会では初の金メダルを獲得した。

そして、1964年に正式種目となった東京五輪で初代女王の座についた。他国に体格で劣る日本は、柔道の受け身に通じる「回転レシーブ」といった独自の技を編み出し、粘り強いバレーボールを展開。同大会では5試合のうち、落としたセットは1セットのみと他国を圧倒した。1964年から1984年のロサンゼルス五輪までの6大会で、金メダル2つ、銀メダル2つ、銅メダル1つという輝かしい成績を残している。

しかし、1988年のソウル五輪で4位に終わると、その後は低迷期に突入する。成績は下降を続け、2000年のシドニー五輪では初めて出場権を逃した。

2003年に就任した柳本晶一監督は、吉原知子、竹下佳江といったベテランと大山加奈や栗原恵ら若手を融合したチームづくりを進め、2004年のアテネ五輪は5位。眞鍋政義監督のもとで臨んだ2012年のロンドン五輪では、データを駆使する「IDバレー」を掲げ、28年ぶりの銅メダル獲得で表彰台に返り咲いた。

2016年のリオデジャネイロ五輪を5位で終えると、56年ぶりの自国開催となる2020年の東京五輪を見据えた強化がスタートした。2017年に監督に就任したのは、過去3度の五輪出場経験を持つ中田久美だ。エースとして期待される左利きの長岡望悠(みゆ)、キャプテンを務める187センチの岩坂名奈、結婚・出産を経て代表に復帰した荒木絵里香、ロンドン五輪代表メンバーの新鍋理沙らを中心に、「東洋の魔女」の再現となる金メダル獲得をめざす。

長岡望悠は2018年10月からバレーボールの強豪イタリアのクラブチームでプレーしている
長岡望悠は2018年10月からバレーボールの強豪イタリアのクラブチームでプレーしている長岡望悠は2018年10月からバレーボールの強豪イタリアのクラブチームでプレーしている

3大会ぶりに採用の野球&ソフトボール

オリンピックにおける野球の歴史はそう古くはない。正式種目となったのは1992年のバルセロナ五輪からで、世界的な普及度が低いなどの理由から、2012年のロンドン五輪と2016年のリオデジャネイロ五輪では種目から除外されている。2020年の東京五輪では、開催都市提案による追加種目として3大会ぶりの復活採用を果たすこととなった。

過去5大会では、キューバが3回、アメリカと韓国がそれぞれ1回ずつ金メダルを獲得している。日本が金を取ったのは、試験的な実施で公式な獲得メダル数には含まれない公開競技だった1984年のロサンゼルス五輪。その後は1996年のアトランタ五輪で銀、1992年のバルセロナ五輪と2004年のアテネ五輪で銅メダルを手にしている。

2000年のシドニー五輪からはプロ選手の出場が可能となり、日本は長嶋茂雄が監督を務めたアテネ五輪で松坂大輔や岩隈久志、三浦大輔や高橋由伸、北京五輪ではダルビッシュ有や田中将大、 川﨑宗則や阿部慎之助らを招集し、全員プロ選手というドリームチームを編成。しかし、世界一の座に立つことはできなかった。初の自国開催となる2020年の東京五輪で、稲葉篤紀監督率いる「侍ジャパン」は悲願の金メダル獲得に挑む。出場への意欲をのぞかせたMLBエンゼルスの大谷翔平の動向にも注目が集まる。

オリンピックでは女子のみが実施されるソフトボールも、野球と同様に3大会ぶりの正式種目復活となる。日本は、シドニー五輪で銀、アテネ五輪で銅、そして北京五輪で金と3大会連続でメダルを獲得。特に北京五輪での優勝は、ソフトボール大国であるアメリカを3−1で破っての快挙で、準決勝、決勝進出決定戦、決勝が行われた2日間で413球を投げ抜いたエースの上野由岐子は大いに称えられた。彼女は2020年東京五輪での連覇をめざすチームにおいても、活躍が期待されている。

2020年の「侍ジャパン」を率いるのは稲葉篤紀(左端)。自身も選手としてオリンピックの舞台を経験している
2020年の「侍ジャパン」を率いるのは稲葉篤紀(左端)。自身も選手としてオリンピックの舞台を経験している2020年の「侍ジャパン」を率いるのは稲葉篤紀(左端)。自身も選手としてオリンピックの舞台を経験している

打倒・中国勢へ、戦力充実の卓球

卓球がオリンピックの正式種目となった1988年のソウル五輪以降、中国が圧倒的な強さを示している。2016年のリオデジャネイロ五輪までに金メダル28個、銀メダル17個、銅メダル8個を獲得。前回大会でも中国は男女シングルス、男女団体の全4種目で頂点に立った。

一方、2020年の東京五輪に向けて、日本はその中国を脅かす存在になりつつある。2012年ロンドン五輪の女子団体で初となる銀メダルを獲得すると、リオデジャネイロ五輪では女子団体で銅メダル、男子団体で銀メダル、男子シングルスで水谷隼が銅メダルとそれぞれが表彰台に食い込んだ。

女子では、2004年のアテネ五輪から4大会連続で出場し、実力と人気ぶりで日本女子卓球界を牽引してきた福原愛が2018年10月21日に現役引退を表明。それでも、戦力の衰えを心配する必要のないほどに選手層は充実している。リオデジャネイロ五輪の女子団体銅メダルメンバーだった石川佳純、伊藤美誠(みま)は東京五輪出場を争う主軸となるだろう。リオデジャネイロ五輪ではメンバー選考に落選し、補欠として帯同した平野美宇は、2017年のアジア選手権で中国勢を3戦連続で撃破しての優勝を成し遂げている。

男子では、リオデジャネイロ五輪団体メンバーの水谷、丹羽孝希、吉村真晴のほか、17歳で東京五輪を迎える張本智和も、2018年1月の全日本選手権で史上最年少優勝を果たし、同年4月のアジアカップでは世界ランク1位の樊振東(中国)を下すなど着々と力をつけている。

17歳で東京五輪を迎える張本智和。2018年1月の全日本選手権で史上最年少優勝を果たしている
17歳で東京五輪を迎える張本智和。2018年1月の全日本選手権で史上最年少優勝を果たしている17歳で東京五輪を迎える張本智和。2018年1月の全日本選手権で史上最年少優勝を果たしている

23歳以下のスター候補たちが輝くサッカー

オリンピックで男子サッカーが実施されるようになったのは、1900年のパリ五輪からで、4年に一度の祭典、FIFAワールドカップよりも歴史は古い。前回大会では開催国のブラジルが初優勝。2012年のロンドン五輪はメキシコ、2008年の北京五輪と2004年のアテネ五輪ではアルゼンチンが金メダルを手にしている。

日本の最高成績は1968年メキシコシティー五輪での銅メダルで、地元メキシコとの3位決定戦で2得点を挙げる活躍を見せた釜本邦茂は大会得点王に輝いた。近年では、1996年のアトランタ五輪で強豪ブラジルを1−0で倒す「マイアミの奇跡」を演じ、2012年のロンドン五輪ではベスト4進出を果たすなどの成果を残している。

オリンピックにおける男子サッカーがワールドカップと最も異なるのは、出場選手に年齢制限がある点だ。1992年のバルセロナ五輪以降、出場資格は大会前年の12月31日時点で23歳以下となり、1996年のアトランタ五輪からは年齢制限に加えて、3名のオーバーエイジ枠が設けられるようになった。

日本は、A代表と兼任監督を務める森保一氏のもと、チームの強化を推し進めている。すでにA代表デビューを果たしている堂安律や冨安健洋、スペインの名門バルセロナの育成組織育ちの久保建英らを中心に、代表メンバー入りをめざす選手たちの競争も熾烈だ。2002年のFIFAワールドカップ日韓大会以来となる自国でのビッグイベント開催とあって、日本サッカー協会は早期から遠征や選考会などの強化策を実行。めざすはアジア勢初の金メダル獲得という快挙だ。

1998年6月16日生まれの堂安律。19歳の時からオランダリーグでプレーしている左利きの実力派だ
1998年6月16日生まれの堂安律。19歳の時からオランダリーグでプレーしている左利きの実力派だ1998年6月16日生まれの堂安律。19歳の時からオランダリーグでプレーしている左利きの実力派だ

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