パラリンピック選手・芦田創が小さな努力の積み重ねの大切さに気づいたわけ

否定的な考えを乗り越えるのは簡単ではない。芦田選手が視点を変え、選手として小さな勝利さえ祝うことによって、社会の変化につながると信じています。

文: カタルド ニーナ ·

芦田創選手は、「人と違う」ことをよく理解しています。日本のパラリンピック選手である芦田選手は5歳の時、デスモイド腫瘍を患い、右腕が不自由となりました。残念ながら、日本ではいまだに「人と違うこと」を恐怖と捉える子供や大人が珍しくありません。「出る杭は打たれる」という表現に見られるように、日本社会では目立つことが必ずしも良しとされない文化があります。その結果、沢山の子供たち、そして大人もしばしば厳しい批判やいじめに悩まされているのです。協調性や類似性が重要とされる日本では、芦田選手は障がいがあることが原因でなかなか友達を作ることが出来ませんでした。

その結果、芦田選手は次第に自信をなくしはじめました。そして、健康になりたいとただ願うだけでは叶わないのだと気付きました。しかし彼は、自分自身を変える為には一歩一歩進むしかないのだということを知っていました。たとえそれがどんなに小さな一歩であっても。芦田選手が中学校に入学したときに、彼は新しい人生へ一歩を踏み出しました。2008年のことでした。大好きだった趣味、陸上を追求しようと決めたのです。それから12年後の今、芦田選手は、アスリート人生で経験した沢山の苦難や挑戦こそが今の彼を形作ってくれたと信じています。

芦田創(あしだ・はじむ)は日本のパラアスリート。リオパラリンピックでは4×100mRで銅メダルを獲得するなど他種目で活躍

発想の転換

芦田選手は、より高く跳びより速く走ることを目指すアスリートとして、障がいを持っていることはとても不利であると考えていました。彼は、夢を追い続ける過程で沢山の試練が待っていることも知っていました。しかし、失敗を恐れて挑戦しない人が多い中-特に日本の文化では-彼は困難に挑戦することは不可能を可能に変える貴重なチャンスかもしれないと思いました。さらに彼のコーチは芦田選手に自分の可能性を信じることの大切さを気付かせたのです。彼は、変えられないこととはうまく付き合い、代わりに自分の出来ることに集中する術を覚えました。そしてこれが、パラリンピックに出たい、そして勝ちたい、という思いに繋がったのです。

2016年パラリンピックの結果は、芦田選手が願っていたものとは遠くかけ離れたものでした。男子4x100mリレーでは銅メダルを獲得したにも関わらず、彼は走幅跳びの結果に大きなショックを受けました。結果は、上位8位にも及ばない、12位。この悔しい結果を受けて芦田選手は「自分は何やってんだ」と力不足に感じ、ネガティブな考えの悪循環に陥ってしまいました。

「自分は何やってんだ」

しかし、実はこの経験こそが芦田選手が目標を考え直し、頭を切り替えるきっかけとなったのです。彼は、ただ悩む代わりに「この悔しさをどうやれば力に変えられるだろう?」と自身に問いかけました。そして、この新しい気持ちの切り替え方を、前に進み成長する糧にしたのです。世界一にならなくてもいい、自分は自分自身の一番になりたいと。芦田選手は日ごとに、昨日の自分よりも良い自分に成長していることに気付きました。陸上を始めた時からパラリンピック初出場までを振り返ると、その8年間で確かに大きく成長していたことに気が付いたのです。

チャレンジに向かってステップアップ

彼は最終的な目標を達成できるかどうかにこだわりすぎて、そこに辿り着くまでの過程や成長が大切ということを見落としてしまっていました。「スモール ステップ アップのプロセスを大事にしている」と彼は言います。そのうえ、何よりも彼は自分自身を信じること、そして好きになることの大切さも強調しています。芦田選手は「緊張する必要も、焦る必要もない。一人一人自分のペースでいいんだ」と語ります。芦田選手の走幅跳びがそうであるように、スピードが勝負を決める要因の一つであったとしても、小さな一歩一歩が大きな結果へと導くのです。彼の姿勢から学べることは、自分自身に、自分の目標や進歩に集中することの大切さです。一つの大きな目標だけを追いかけていたら、もしその目標が達成できなかった時、自分を責めてしまって、そこまでの過程での小さな進歩や成長を見逃してしまいます。

「自分自身に、自分の目標や進歩に集中することが重要だ」

結果がわからないから、という理由で挑戦をためらうことがあるかもしれません。リスクを冒すことが良しとされない保守的な考えが強い日本では、こういった感情を持つ人は少なくないかもしれません。日本人は、リスクを避けることで失敗を避けてきたのです。そして失敗は「恥」であると教えられてきたからこそ、「絶対に失敗してはならない」というプレッシャーがかかります。結局のところ、日本人は「恥」を過度に恐れてしまっているのです。しかし、芦田選手はこういった全ての恐れや悲観的な考えに負けず、果敢に挑戦することを選びました。そして実は彼と同じように日本の伝統的な考えを壊し、新しい未来を作っている人が他にも沢山います。「七転び八起き」ということわざがありますが、ひょっとすると日本社会はここ数年で再びその精神に近づいてきているのかもしれません。芦田選手は、困難や力不足を前向きに捉え直すことの大切さに気が付いたのです。

芦田選手は、今の若者たちにこう伝えたいと言っています。「人生を楽しむためには、想像力が必要不可欠だ。自分らしい自己表現の方法を見つけ、選択した途端に自然と体が動いて行動したくなるような選択をすること。自分らしくいることを恐れないで、結果がどうであろうと、人生における自分の成長と過程に価値があるということを忘れないでほしい」

彼は、誰もがユニークで特別なのだと信じ、すべての人格やアイデンティティが社会に受け入れられる日が来ることを願っています。

「人生を楽しむためには、想像力が必要不可欠」

大会を通じて社会の変化を生み出す

もしかすると、彼は出る杭を打つトンカチに対抗しようと奮闘しているのかもしれません。他の人と違っていても、恐れずに自分らしく突き進む勇気ある人たちに目を向ける時が来ました。2021年のオリンピック&パラリンピック東京開催に向けて準備が進む中、運営団体は日本社会をより前向きな変化の方向へと導こうとしています。今大会では「ちがいを知り、ちがいを示す」という革新的なビジョンを掲げ、大会の成功には多様性と調和が不可欠であるということが強調されています。

今大会が日本の多くの人々の気持ちを一つにする役割を果たす中で、準備段階でもすでに調和した社会に向けての変化がみられる場面もあります。芦田選手のように障がいを持った人々に対するあたたかい歓迎が良い例でしょう。中には,、Lives Tokyo のようなイベントや学校の体育の授業にて障がいを持って暮らす人やスポーツをする人の感覚を体感できるツールを利用し、パラリンピックの競技種目に挑戦できる機会もあります。今、スポーツは人々を結びつけ、芦田選手が幼い頃にはなかったような調和した社会を作り上げるための舞台として利用されています。そして芦田選手自身も、東京パラリンピックに再び参加することでその変化を生み出す一員となろうとしています。

芦田選手は私たちに「願うだけでは何も変わらない。行動を起こすことが最も重要なのだ」と教えてくれます。人と比べてばかりいては、永遠に自分に満足することはできません。過去や、自分の力で変えられないことを気にするのはやめましょう。自分自身を受け入れ、自分ができることに集中することが発達や成長の過程において最も重要なのです。芦田選手は、恐れることなく自分自身と戦うことや、人と違う自分を受け入れることを学び、成長しました。そして今、彼は過程を大切にし、彼自身の進歩に誇りを持って前に進んでいます。